第25話 企みの阻止~玲奈~
船着き場の待ち合わせスペースに賢吾がいるのを見て、怜奈は咄嗟に身を隠す。
今朝からやけに絡んでくる彼に怜奈は警戒心を抱いていた。
(恐らく『願いごと』がなんなのかを探ってきているのだろうな……)
悟られないようにのらりくらりと言葉を濁して会話をしたが、聡明な賢吾と会話をしていると些細なことでも真相に近づいてくるような気がして緊張した。
(やっぱり人と関わり合うというのは難しいし、疲れる……)
怜奈は人とコミュニケーションをとるのが苦手ということを隠してこの旅に参加している。
うまく隠し通して旅を終われることを目標のひとつとしていた。
昨夜突然翔に突っかかられたときは過去のトラウマが蘇り、危うく取り乱しそうになってしまった。
阿里沙たちに助けられ、なんとか乗り切れたが、勘の鋭い賢吾は不審に思っているようだった。
身を隠しながらそろっと賢吾の様子を伺うと、タブレットでなにやら電子書籍を読んでいるようだった。
(あれは……小説?)
かなりの速読のようで、素早く目線を動かしている。
まるで暗号書を興奮しながら解読する考古学者のようだ。
幸い夢中になっているようだったので気付かれる心配はなさそうだった。
なにを読んでいるのか気になったが、今はそれより気になることがあったので先を急ぐ。
駐車場に着くとすぐさまバスへ向かった。怜奈の予想通り、そこには伊吹がいて、バスを覗きこんでいた。
遊覧船から降りて急ぎ足でどこか向かっていったので怪しいと睨んでいた。
「あの、伊吹さん」
「わっ⁉ れ、怜奈ちゃん」
伊吹は身体を飛び上がるほど驚きながら振り返る。
大きめの石が握った手を慌てて背中に隠していた。
「わ、忘れ物しちゃって……取りに来たけど運転手さんもいないし、閉まってるね」
「忘れ物取るために窓を割って侵入するつもりだったんですか?」
背中側に隠した石を透かし見るように怜奈は問い掛ける。
「い、いや、これは」
「もしかしたら『願いごと』が入った箱を盗むつもりだったんですか?」
「そ、そんなわけないだろ。いやだなぁ。それに盗んでも厳重に鍵がかけられてるし、そもそも蝋で封してあるから開けたらすぐばれちゃうよ」
「伊吹さんの場合、開ける必要はない、ということなんだと思います」
そう言い切ったあと、「すいません」と怜奈は頭を下げる。
喉が張り付きそうなくらい緊張し、膝は震えていた。
しかし逃げずに伝えなければいけない。
己を鼓舞するようにスカートをキュッと握り伊吹の目を見る。
「箱は開けずにそのまま捨てる。そうすればもう一度書き直して封をし直せるから……ち、違いますか?」
真剣な目で見詰め続けていると、伊吹は観念したように笑いながら持っていた石をその場に落とした。
「ははは……参ったな……全てお見通しってことか。みんなには内緒にしておいてよ」
伊吹はバツが悪そうに頭を掻く。
「僕だけ小説家だってバレてるのはやっぱり不公平だと思うんだ。最初に説明してから『願いごと』を書かせるべきだよ。そう思わない?」
同意を求められ、怜奈は肯定とも否定とも違うあやふやな頷きを返す。
「たとえあの箱がなくなって『願いごと』を書き直すことになっても、ルール上最初と同じことを書くのだと思います」
「誰にも見られてないから書き換えてもバレないでしょ」
「それこそ、してはいけないルール違反だと思います」
「固いなぁ」
「あの箱にはみんなの大切な願いが籠められています。もちろん、私も。それを勝手に捨てるなんて、絶対しちゃいけないことなんです」
「……そうだね。人の願いが詰まった箱を海に棄てるなんて、してはいけない行為だ。ごめん。悪かったよ」
素直に反省する伊吹を見て、強張っていた肩の力が少しだけ抜けた。
「それに私、思うんです。たぶんこのままいったら最後の一人まで絞りきれないって。一人か二人は脱落すると思いますけど、このペースだと恐らく無理です」
二泊三日だと回答チャンスはあと二回しかない。
それで五人も脱落するとは思えなかった。
「そうなれば一番楽しんでいた人が優勝なんですよね? 私は正直それに賭けた方がいいと思ってます」
「なるほど」
「伊吹さんは今のところ一番楽しまれているみたいですからチャンスありますよ。それに下手に残っているより『願いごと』を当てられて失格になってる方がむしろいきいきと楽しめる気がしませんか?」
「それは一理あるかも」
「でもあの箱を盗んで捨てるとか、その他の不正とか、そういう悪いことしたら楽しんでいるとは言えないと思うんです」
「怜奈ちゃんの言う通りだ。俺は間違っていたよ。気付かせてくれてありがとう」
伊吹は吹っ切れた笑顔で頷いていた。
相手を逆上させずに説得できたことに安堵し、ようやく怜奈は張り詰めていた緊張から解き放たれた。
「私なんて、そんな……大したこと言ってないです」
その途端、なんの感情か分からない涙が溢れてきた。
「えっ⁉ ご、ごめん! 泣いてるの⁉ そんなに怖がらせちゃった⁉」
「違うんです。これは、その……なんだか分からないんですけど涙が……」
慌ててハンカチで拭い、それ以上涙がこぼれないよう空を見上げた。
夏の日射しが眩しく、濡れたばかりの頬を乾かしていく。
鼻の奥がツンと痛んだが、部屋や学校で泣いた時とはまるで違う類いの涙だった。
「ごめんね。そんなに強い思いで怜奈ちゃんはあの『願いごと』を書いたんだね」
「はい。この旅に参加すると決めたときから『願いごと』はこれしかないと考えてましたので」
願いの強さなら負けない。
怜奈はそう自負していた。
「よし、じゃあ市場の方へ行ってみよう。泣かせちゃったお詫びに奢るよ。サザエのつぼ焼きとか売ってるらしいよ」
「ありがとうございます。楽しみだな」
本当は貝類があまり好きではないがこれも変われるチャンスかもしれないと思い、怜奈は大きく頷いた。
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