第24話 予期せぬトラブル~悠馬~
阿里沙の協力を取り付けた頃、遊覧船の窓から港が見えた。
どうやらクルーズは終わりらしい。
奇岩は全く見なかったが、それ以上の収穫があったので悠馬は満足していた。
話してみて分かったが、阿里沙は見た目以上にしっかりしている。
彼女が協力してくれるならとても心強かった。
港が近づき、下船のために悠馬と阿里沙は移動する。
船がゆっくりと港に着岸するとき、先ほどから走り回っていた男の子が翔に勢いよく衝突した。
「ぎゃあああ!」
「痛ってぇ」
突撃した子どもは「ぎゃあぎゃあ」騒ぎながら顔を押さえて転げ回り、ぶつかられた翔も痛そうに顔を歪めていた。
「ちょっとあなた! うちの子になにしてるの!」
血相を変えて駆け寄ってきた母親は険しい顔で翔を睨んでいた。
どう見ても今のは子どもの方が悪い。
それなのに母親は翔に批難がましい態度を見せていた。
間に入るべきだろうか、と悠馬は迷った。
翔の無実を証明するという意味合いではない。
彼がまたキレ散らかして親子に罵声を浴びせるのを防ぐためだ。
しかしそうはならなかった。
翔は俯き、肩を竦めて視線を泳がせていた。
まるで母親に叱られる幼い子どものようだ。
「この子が怪我してたらどう責任取ってくれるの! 海に落ちなかったからよかったけど、落ちてたら溺れて死ぬかもしれないのよ!」
感情的になっている母親は「黙ってないでなんか言いなさい!」と翔を叱りつけていた。
さすがにちょっと言い過ぎだと仲裁しようとしたとき、隣にいた阿里沙が悠馬より先に動いていた。
「ちょっとあんた」
鋭く尖った阿里沙の声に母親が振り返る。
突然現れたこのギャルが何者なのか、値踏みをする目をしていた。
「ぶつかってきたのはその子の方なんですけど?」
「それがどうしたの? 大人なら小さい子どもに注意して動くものでしょ?」
「はぁ? なんで好き勝手暴れまわってる子どもにコッチが合わせなきゃいけないワケ?
てかまずあんたが子どもをしっかり見るべきじゃね?」
表情こそ歪めていないものの、二人は殺しあいも辞さないくらいの迫力で対峙している。
「ちゃんと見てたわ。でも幼い子どもが二人もいたら突然片方が走り出しても止められないの。そういう経験のないあなたには分からないでしょうけど」
「ちゃんと見てた? ウケる。笑わせないでよ、おばさん」
阿里沙は口を引き攣らせたように笑う。
「子どもが走り回ってるのにあんたは船の中でずーっとスマホ弄ってたでしょ」
「あなたね。口の聞き方に気を付けなさい。いくつなの? 敬語も使えないの?」
「あたしの年齢知りたいならまずおばさんの年齢を言いなよ。そんな嘘までついて常識のないこと言って、いったいその歳までなにして生きてきたワケ?」
二人が睨み合う脇で翔が縮こまっているのが意外だった。
いつもの彼ならば嬉々として言い争いに参加するはずだ。
「ていうかさ。子どもの怪我が心配なら翔に文句言う前にもっと子どもの様子を確認しなよ」
ぶつかった子どもはもうとっくに泣き止んでおり、痛そうな素振りもない。
母の後ろに隠れ、不安げに成り行きを伺っていた。
「ほんと、礼儀も知らないわね、あなた。どきなさい」
母親は相手にするのもバカらしいという態度で、子どもの手を引いて立ち去ろうとする。
「その子らはさ」去り行く親子に阿里沙が告げる。
「お母さんと一緒にキレイな景色見たくて気を引こうと走り回ってたんじゃね?」
その言葉に返事をせず、親子は下船していった。
その背中を阿里沙はじっと見詰めていた。
その顔は先ほどまでの険しいものではなく、どこか寂しげなものだった。
一方翔はまだ具合悪そうに手すりに持たれていた。
あまりに様子が変なので悠馬は少し心配になった。
「大丈夫か?」
「別に。船酔いしただけ」
「そっか。結構揺れたもんな」
鬱陶しがられながらも悠馬は翔に肩を貸して共に船を降りる。
「少し休んだ方がいい」
木陰のベンチに座らせると、翔は大人しく従った。
阿里沙も少し心配そうに翔を見ていた。
「お疲れ様でした。遊覧船観光はいかがでしたか?」
船に乗っていなかった神代がやって来てベテランバスガイドのような愛想だけで感情の籠っていない声をかけてきた。
具合が悪そうな翔を見れば遊覧船の感想を述べる空気じゃないのは傍目にも分かるはずだ。
誰もなにも答えず神代を見ていた。
「これから一時間ほど自由時間なのでのんびり観光してください」
「分かった」と阿里沙が返事をすると、神代はさっさと立ち去っていった。
阿里沙はやや訝しむ顔で神代の背中を見詰めていた。
「僕は翔が落ち着くまでここにいるから、阿里沙はお土産でも見てきなよ」
「こんなイケてないとこで買うものもないし」と阿里沙は翔と同じベンチに座る。
「俺はいいからお前ら行けよ」
「僕も土産には興味ないんだよ。買って帰る人もいないしね」
自動販売機でミネラルウォーターを買って二人に手渡す。
特に共通の会話もない三人は黙って海を眺めていた。
そこそこ荒い波が岩にぶつけて砕ける音が沈黙を埋めていた。
無言だが、悪い気分にはならない静けさだった。
「それにしてもさっきの阿里沙は結構迫力あったよな」
「はあ? 別に冷静に話し合っただけだし」
翔がからかうと阿里沙は不服そうに唇を軽く尖らせた。
「あのババァ絶対ビビってた」
「許せないの、ああいう親は」
フンッと鼻息荒く阿里沙が腕組みをする。
「やっぱ怖いわ、阿里沙サン」
「からかうな。てか翔はあたしに一言お礼くらいあってもいいんじゃないの?」
「はあ? 誰が礼なんか言うか。てか阿里沙がキレなければ俺がぶちギレてたから」
少し落ち着いてきた翔を見て安心する。
バスで酔ってるところは見なかったが、船酔いには弱いのかもしれない。
「しかし変な旅だよな」
雲を見ながら悠馬はぽそっと呟く。
「まぁな。暇潰しにはいいけど」
「翔はあの神代ってやつ、何者だと思う? なんでこんなことしてるんだろう?」
「さぁ。ただの金持ちの道楽だろ。よくあるじゃん、SNSで拡散したら現金百万円プレゼント的な売名企画。『俺の若い頃ならこんなチャンス絶対逃さなかった』とか、どこから目線か分からないイキったこと言う奴。あの類いなんじゃね?」
「怪しいと思わないの?」
「別に。もし優勝したら絶対に願いごとは叶えさせるし」
翔は怒った顔で笑っていた。
いったい彼はなにを願っているのだろう。
特に興味はないが悠馬はぼんやりとそんなことを考えた。
「つーか気安く話しかけるな。俺は仲良しごっこする気はないから。この旅であんたらは『敵』でしかない。旅が終われば二度と会うこともない赤の他人だ」
馴れ合うような会話をしたことを悔いるように翔は腰を上げる。
「そう尖るなよ。ライバルでも一緒に旅をしてるんだ。仲良くして悪いこともないだろ?」
「甘いよな、悠馬は。敵と仲良くしてどうする? 食肉として飼育している豚や牛に名前をつけるくらい悪趣味な発想だよ」
自分の喩えに満足したのか、誇らしげな顔をして立ち去っていく。
「なんか感じ悪。拗らせてるよね、翔って」
「まあ、でも、元気になったみたいでよかったじゃない」
「なるほど。確かに翔が言う通り悠馬って優しいというか、甘いよね。神代ちゃん以外には」
阿里沙は呆れたように笑って立ち上がり、市場の方へと消えていった。
一人残された悠馬は視線を水平線へと向ける。
甲高い声で鳴くカモメの声が潮風に流されながら響いていた。
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