二日目
第18話 手のひら返しオセロ~伊吹~
「うるさいっ! 黙れ!」
伊吹は怒鳴りながら目を覚ます。
ぼんやりした脳内がゆっくりと活性化していき、自分がおかしな旅に参加してて温泉旅館に泊まっていることを思い出した。
そのころには既に夢の内容は忘れており、不快な気持ちだけが残っていた。
恐らく昨夜寝る前に色んなことを思い出していたから悪夢に魘されたのだろう。
伊吹はまだ冴え切らない頭でぼんやりとそんなことを考えていた。
『重版決まりました!』
『コミカライズ決定です!』
『驚かないで下さいよ、先生。実は『オスメスヒヨコ』のアニメ化が決定しました!』
タイトル出オチみたいな小説、『異世界に転生したのにスキルが「ヒヨコの雌雄判別」ってどういうことでしょうか?~雌雄判別スキルは実は最強のチートでした』は予想外のヒットとなり、次々と信じられない展開に発展していった。
『オスメスヒヨコ』はだいたい三割の嘲笑と七割の支持で盛り上がっていき、遂にはアニメ化まで辿り着いた。
それまでは担当編集者からさえも軽んじられていた伊吹だが、作品がヒットしていくにつれ編集長をはじめとして周りの人達の態度が変わっていく。
まるでオセロゲームのような手のひら返しだった。
累計発行部数が四十万部を突破した時は編集部総出で祝ってくれたし、アニメ化が決まった時は編集長やアニメ制作会社の人やテレビ局の人と二度と行けないような高級料亭で祝賀会まで開いてもらった。
でもその環境の変化に伊吹は素直に喜ぶことは出来なかった。
むしろそれまでの冷遇ぶりを知っているだけにそら恐ろしいものさえ感じていた。
そしてその恐れは現実となる。
アニメがコケてそれまでの支持と嘲笑の比率がそっくり入れ替わり、編集長からも労いの言葉があまりかけられなくなった。
それでもまだ、伊吹はさほど悲観していなかった。
『オスメスヒヨコ』から解放され、むしろ作家『ポンコツらーめん』の作家業はこれからが本番だとさえ考えていた。
しかしそんな思いと裏腹に、その後発表した新作はいずれもたいした反響がなく、重版すらかからなかった。
伊吹は落ち込んだが、完全に打ちのめされたわけではない。
すぐにまた人気作を作り出す自信があった。
文章力は高い方だと自負していた。
難しい言葉を並べたりはしないが平易な言葉でわかりやすく伝え、説得力のある文章が書ける。
ただ読者レビューなどを見るとそれらは中学生が書いたような稚拙な文と映るらしく、口汚く罵られていた。
わざとそう書いているんだと液晶画面に毒づいたところで、もちろん鬱憤すら晴れない。
ストーリーの発想も悪くない。
独特の突き抜けた世界観というものはないが、流行りの要素に自分なりのオリジナルを加え、それを調和させて独自のものにする技術はある。
読者たちはそれを『既視感のある展開』、『ありきたりのテンプレ』などと揶揄し、ひどいときは『人気作の二番煎じの劣化版の模倣のパクリ』などと何重にも貶めた言い方でこき下ろした。
正真正銘のオリジナルなんてどこにもないということをこの顔が見えない読者に一晩中説教してやりたくなる。
世の中はよく分からない。
伊吹は最近つくづく感じていた。
『オスメスヒヨコ』よりよっぽど面白いと自信がある作品はまったくヒットせず、敢えなく打ち切りとなる。
十巻分くらいあったプロットを無理やり圧縮し、それでも入りきらなかったアイデアは全て廃棄せざるを得なかった。
さすがにアニメ化までした作家だから編集部からお払い箱扱いはされていないが、初版部数は減る一方だ。
担当編集者から『オスメスヒヨコ』の外伝や続編を書いてみては、と暗に示唆されたときは温厚な伊吹でもさすがに声を荒らげてしまった。
一度は白一面だった手のひら返しのオセロゲームは、再び黒優勢となりつつある。
このままでは終われない。
そんな鬱々とした焦りの中、今回の旅の話がやって来た。
小説のネタになるかもしれないという軽い気持ちでやって来たが、今や絶対に負けられないという強い意思で旅に臨んでいた。
『願いごと』を紙に書いて改めて確認したことで、それを叶えたいという気持ちが強くなったからだ。
それに小説家であるとバラしてしまったことで参加者たちから狙われている現状も気に入らない。
「くそっ……あいつらめ……俺は絶対に負けないからな」
巧みにミスリードを仕掛け、参加者たちをうまく騙してやろうという作家ならではの矜持がこみ上げてくる。
着替えようと鞄を探っていると中から自著が顔を出した。
『オスメスヒヨコ』の一巻の初版本だ。
自分がアニメ化作品の作者であることを自慢しようと持ってきたものだったが、こんな展開になってしまい到底見せられなくなってしまった。
捨ててしまおうかとも思ったが、あいにく一巻の初版本は伊吹もこの一冊しか持っていない。
愛着のない作品ではあるが、今の自分の礎を築いてくれた本だから粗末にはできなかった。
本を戻してポロシャツとジーンズに着替えたところで部屋をノックする音がした。
「はい?」
「おはよう、作家センセー」
ドアを開けるとそこには翔が立っていた。
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