第19話 明け方のセレナーデ~翔~
翔が早朝から伊吹の部屋にやって来た理由については説明するためには少し時を遡らなければならない。
時刻は午前五時半。
ホテルの従業員が朝食の準備を始めるころ、翔と賢吾の二人はホテルのそばの公園にいた。
「昨日のあれはどういうこと?」
一夜明けて少しは落ち着いたのだろうが、それでも問い質す賢吾の声は少し怒りを帯びていた。
「場を掻き乱せって言ったから怜奈をからかってやっただけだ。あの勘違い女もバカギャルも面白い反応だっただろ? しかもそのあと怜奈が庇ってくれたの『願いごと』暴こうとしてるし」
「そっちじゃない。なぜ僕の指示通り伊吹を指名しなかったんだ。しかもよりによって僕を指名するなんて」
「ああ、そっち?」
翔ははじめから分かっていたがわざと惚けた。
「その方が俺たちが共闘してるってバレなくていいだろ」
「そんなこと疑っている奴はいない。余計なことで大切な回答ターンを無駄遣いするな」
「無駄遣い?」
予想通りの展開に、翔はシニカルな笑みを浮かべた。
「賢吾の予想は俺のあと偶然悠馬がしただろ」
「それは結果論だ」
「そう。そしてその結果としてハズレた」
「僕が言いたいのはそう言うことじゃなく──」
「僕が言いたいこと? なんで賢吾は自分の言いたいことを言えると思ってんの?」
話を遮ると賢吾は怒り半分戸惑い半分の顔で言葉に詰まった。
その隙に翔は更に畳み掛ける。
「結果論だろうがなんだろうが、賢吾の予想は外れていた。それは事実だ。たとえ俺が従っていたとしても大して結果に違いはなかった。違うか?」
「そういう問題じゃない。共闘している仲間としての信頼関係の問題だ」
「信頼関係? 笑わせるな。賢吾が俺に命令して従わせようとしているだけだろ? 違うとは言わせない」
他人に利用されるということを翔はことごとく嫌う。
YouTubeで動画を見るときでさえ、広告が多いものは人の金儲けに利用されている気がして不快に感じるレベルだ。
「俺は俺のやり方で引っ掻き回す。賢吾と利害が合うときは手を貸すが、手下じゃない。偉そうに俺に命令するのはやめろ」
数秒の沈黙のあと、賢吾は「うん、そっか」と頷いた。
「確かに翔の言う通りだ。僕たちは共闘仲間であり、上下関係などはない」
「ずいぶん物わかりがいいんだな? お前の言葉は軽いんだよ」
「そう怒るなよ。君の言う通り年上というだけで僕は少しリーダー気取りだったかもしれない。申し訳ない」
「まあ、分かればいいけど」
あまりに簡単に謝られて拍子抜けしたが、これ以上言えば子どもと同じなので引くしかなかった。
「ただ目的はぶれちゃいけない。僕たちの目標はゲームに勝つことだ。他の奴を蹴落としてまずは僕たち二人だけが残るようにしよう。これには異論はないよね?」
「そうだな」
「それで例の件、調べてみたんだけど」といって賢吾はスマホを弄る。
今回の旅の参加者はみんなツイッターのDMで『かみさま』の方から誘われている。
それはつまり参加者全員がツイッターのアカウントを持っているということの証だ。
相手のアカウントを見付け、投稿内容を知ることができればそこから『願いごと』のヒントが掴めるかもしれないという作戦だ。
もっともこれくらいのことなら誰でも思い付くことで、相手もそれなりに対応するだろうから期待はしてなかった。
「やはり名前を知ってるだけではなかなかアカウントを見つけることは難しいね」
「そりゃそうだろ。てかヤバい書き込みは消すだろうし、そもそも鍵垢にされたらそれまでだ」
鍵垢とは鍵アカウントのネットスラングで、承認したフォロワーにしか投稿内容を読めない状態にすることだ。
「唯一見つかったのは、ツイッターアカウントはこれだけ」
賢吾はスマホの画面を翔に向ける。
初期設定のヘッダーとアイコン、ユーザー名は『セレナーデ』。
フォローもフォロワーもゼロ。絶海に浮かぶ孤島のようなアカウントだ。
「これは?」
「恐らく怜奈さんのアカウントだ」
「怜奈の?」
スマホを受け取って投稿されたものを確認する。
誰とも繋がっていないアカウントなのに、意外にもほぼ毎日投稿されていた。
しかしその内容を見て翔は眉をしかめる。
「なんだこれ、食べたものだけ書いてるのか?」
延々と食事内容だけを書いて投稿していた。
昨日も投稿しており、その内容はもちろん刺身や煮魚など昨日の宴会の食事だった。
味の感想もなければ写真もない。
ただ献立だけを記載している。
「怖っ! なにこれ? 確かに昨日のメニューそのままだし、参加者の誰かかもしれないけどなんでこれが怜奈だって分かるワケ?」
「彼女の名前は風合瀬怜奈。カソセレナ、セレナ、セレナーデで検索したら見つかった。調理の専門学生らしいから食べたものを記録しているのかもしれない」
「よく見つけたな。すごい執念だ。でもこれがたとえ怜奈のアカでもこの内容じゃ『願いごと』のヒントにならないな」
「そうでもない」
賢吾は指で画面を弾いて勢いよくスクロールさせていく。
「ほら。時おり食事以外のことも書いてある」
そこには怜奈の心の叫びのような短い文字が記されていた。
『私は、変わりたい』
「それが彼女の『願いごと』かもしれない」
「なるほど」
これが怜奈のアカウントだとして、変わりたいとはどういう意味だろう。
理由など分からなくても『変わりたい』というのが願いならそう答えるだけで正解になる。
しかし『美人になりたい』とか『健康になりたい』という願いなら『変わりたい』だけでは言い当てたとは言えないだろう。
「何をどう『変わりたい』のか、もう少し探る必要はあるだろうね。でも手掛かりがあるのとないのでは大きな差がある」
賢吾は自信ありげに口角を上げる。
「それと翔くんのさっきの作戦、確かに有効なのかもしれない」
「さっきの作戦? そんな話したっけ?」
「ほら、僕と君は仲が悪そうっていう設定だよ」
「ああ、それか」
「伊吹さんは僕を警戒している。だから僕と仲が悪そうな君なら案外心を許すかもしれない」
「そんな簡単にいくか?」
「たぶんね。彼は必死に人付き合いをして自分の仲間を増やそうとするタイプだ。そういう人は自分に自信がなく、そして仲間が多ければ偉くなったと勘違いする。だから自分の味方になってくれそうな人は信用すると思うよ」
賢吾の作戦に全面的に賛同したわけではなかったが夜明けまでもう時間がない。
昨夜険悪な空気になった怜奈は賢吾に任せることにし、翔はひとまず伊吹の情報を探る役割を引き受けた。
別に優勝して願いを叶えてもらいたいなどとは思っていない。
ただこのゲームを楽しみ、そして勝者となりたい。
そんな気持ちだけが翔を動かしていた。
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