第17話 夜更けのラーメン~悠馬~
『祈りの刻』が終わり、神代が明日のスケジュールを説明して今日のプログラムが終了となった。
神代が宴会場から出ていくのを見て悠馬はすぐにその後を追った。
「おい。待ってくれ」
「なんでしょう?」
呼び止めると神代が振り返る。
一応礼節をわきまえた態度だったが、明らかに面倒くさそうな雰囲気が滲み出ていた。
まるで仕事を終えたあとに上司に呼び止められた女性社員のような顔だ。
その態度や表情は別として、顔立ちはやはり亡き恋人を彷彿させる。
「神代さん、あなたはいったい何者なんだ?」
「またその質問ですか」
神代はうんざりしたようにため息を漏らす。
「何度も言いましたが私は皆さんの願いを叶える者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「まるで自分が神様かのような言い方だな」
「そう思われるならそう思っていただいて結構です」
「なんで君は結華の真似をしているんだ」
意を決してそう問い掛けた。まともに答えるとは思えないが、結華の名前を出して神代がどんなリアクションを取るのかが見たかった。
しかし彼女の反応は悠馬が予想していたどんなものとも違っていた。
「はい? ユイカ? 誰、ですか、それは?」
神代は怪訝そうに眉を顰める。
本当に何も知らないようで、そこに嘘や演技はないように思えた。
自己紹介が足りないと勝手に『大切な人を失った』という情報を付け足したくせに結華を知らないというのはどういうことだ?
遥馬の頭は混乱する。
「私のことをよりもっと旅を楽しんで、メンバーのことをもっとよく知ってください」
そう言い残し、神代は立ち去っていった。
「ちょっと待てって」
なおも食い下がろうとすると神代の隣に控えていた運転手が庇うように間に入って無言で圧力をかけてくる。
その隙に彼女は逃げるように立ち去ってしまった。
一体どういうことなんだ?
訳が分からなくなる。
結華の真似じゃないとしたら、神代はなぜ結華に似せているのだろうか?
いや、そもそもいまのリアクションが演技だったという可能性もある。
一度落ち着くため、悠馬はホテルを出て夜風に当たることにした。
温泉街はまだ宵の口だとばかりにあちこちに明かりが灯っていた。
有名な観光地だから夜遅くまで開いている飲み屋も多いのだろう。
しかし酒など飲む気になれない悠馬は街の真ん中を貫く小川沿いをあてもなく歩いていた。
漂ってくる硫黄の香りは生前結華と行った温泉ツアーを思い出させた。
格安のバスツアーは強行軍のような日程だったが、それでも二人なら楽しかった。
温泉地は寂れていたし、出された食事は美味しくなかった。
でもそんな外れツアーの残念なサービスでさえ結華は不機嫌にならず笑いに変えていた。そういう彼女の明るいところが、大好きだった。
まさか死ぬとは思っていなかった。
こんなことならもっと一緒にいるべきだった。
事故のあの日、もう少し一緒にいようと引き留めるべきじゃなかった。
色んな思いが去来し、ぎゅっと唇を噛みしめる。
結華がこの世を去ったとき、彼も命を絶つつもりだった。
その決意は本物だったはずなのに、今もこうして生きている自分が情けなくなる。
「結華……ごめん」
川に枝を垂らす柳の木を見て悠馬は亡き恋人の姿を思い出す。
しかし空想の中の結華はニコニコと笑うだけでなにも言ってはくれない。
次第にその姿は結華から次第に神代へと変わっていってしまい、穢れたものを払うように空想をやめる。
いったい神代とは何者なのか?
なにが狙いでこんなことをしているのか?
なぜ結華を真似ているのに結華のことを知らないのか?
いくら考えてもその理由は分からない。
何の結論も出ないまま一時間ほど歩いて、ホテルへ戻る。
少し汗をかいてしまったので温泉に入ろうかと大浴場へと向かった。
すると先ほどまではなかったラーメン屋台が設置されていた。
酒を飲んだ客の集客を見込み、夜だけ営業しているのだろう。
小腹が空くのを感じた悠馬はのれんを潜る。
「あっ……」
そこには先客として阿里沙が座っていた。
「悠馬も匂いに釣られた系?」
「まあ、そんなとこ」
店主は水を注いだコップを阿里沙の隣に置く。
仕方なく彼はそこに腰かけた。
「初日から疲れたよね」
「ああ。あと二日もあるかと思うと先が思いやられるよ」
「あたしもー。みんなピリピリしてるからすぐ喧嘩みたいになるし」
先ほどの阿里沙と翔の騒動を思い出し、苦笑いで頷く。
ボートで一緒になったときはほとんど会話なんてなかったが、一日一緒に行動して少し打ち解けられた気がした。
「ねぇ、あの神代って人、本当に神様だと思う?」
不意に阿里沙に訊ねられ、悠馬はドキッとする。
「まさか。そんなわけないだろ」
「だよねー。じゃあ『願いごと』ってやっぱお金で解決できるものだけなんだろうね」
そう言って阿里沙は悠馬をチラッと横目で見てきた。
その視線に気付き、悠馬は緩みかけた気を引き締める。
今の会話は確実に遥馬の『願いごと』を探ろうとしていた。
「さぁね。そもそもあの神代が金持ちなのかも怪しいと僕は思うよ」
妙な連帯感からつい警戒を緩めてしまったが、相手はゲームのライバルだ。
さりげない会話から相手の『願いごと』を探ってくるのは仕方のないことだと割り切る。
別にこのゲームに勝ちたいだなんて思ってはいない。
ただ恋人を事故で亡くしたという事実が知られたくない思いが悠馬を用心深くさせていた。
「はい、おまちどおさま」
会話が途切れたタイミングでラーメンが完成する。
「うわ、これヤバい!」
一口啜った阿里沙が目を丸くする。
「おお、ほんとだ。さっぱりしてるけど深みがあるね。魚介系の出汁と鶏ガラを合わせてるのかな?」
こんないい加減な即席屋台で本格的なものが食べられるとは夢にも思っておらず、二人とも夢中で麺を啜っていた。
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