第16話 裏切り~翔~
「なかなか当たりませんね。これじゃ誰も優勝できなさそうです」
玲奈が不安げに眉を歪める。
同じことは翔も感じていた。
少ないヒントで見ず知らずの人の願いごとを当てるのは思いの外難しい。
しかしその指摘をメンバーの中で最も大人しくて欲のなさそうな怜奈がするのは意外だった。
よほど叶えたい願いがあるのだろう。
「当てられるよう、頑張ってください。次はクローバーの八を引いた怜奈さんです」
神代はあくまで淡々と進行していく。
暇つぶしでこんな悪趣味なゲームをしていると言っていたが、まるでゲームを楽しんでいる様子は感じられなかった。
「はい……えーっと……」
怜奈は遠慮がちに視線を泳がせる。
さっきはああ言ったが、気弱でお人好しそうな怜奈は他人を蹴落とすような真似をするのに躊躇いがあるのだろう。
「ちなみにパスは許されませんので」
「はい……じゃあ」
戸惑いながら視線を向けたのは阿里沙だった。
「え? あたし?」
「すいません。阿里沙さんで、お願いします」
「マジかぁ」
阿里沙は柄にもなく弱った表情をしている。
先ほど庇ったところを見ても二人は一緒の湯槽に浸かり、少し仲良くなったのかもしれない。
その相手からターゲットにされたことにショックを受けているようだった。
なかなか俺好みの素敵なルールだな。
翔は口許をにやりと歪める。
「阿里沙さんの『願いごと』は、大学に進学したい、じゃないでしょうか。違っていたらすいません」
「なにそれ、ウケる。そんなわけないじゃん。ハッズレー」
阿里沙は舌を出しておどけた。
その舌にピアスでも着けているかと思ったが、そんなこともなかった。
よく見ると耳もピアスじゃなくイヤリングのようだ。
意外と耳に穴を空けることすら抵抗があるのかもしれない。
「じゃあ次は翔さんです」
一瞬賢吾が目配せしてくる。
計画通りに動けという合図なのだろう。
「それじゃあ俺は」と翔は伊吹を指差した。焦った彼の顔を見てから指を横に滑らせ、賢吾に向けた。
「賢吾の願いを暴いてやろう」
「ちょっ……ええー、僕?」
賢吾ははじめて本気で狼狽えた顔を見せた。
偉そうに指示してくる賢吾に一泡ふかせてやり、翔は満足する。
人の命令などは聞かない。
俺は自分のしたいように掻き乱す。その意思表明だった。
「賢吾の願いは社長になること」
「全然違うね。悪いけど」
賢吾は即答で否定し、不機嫌さを隠すことなく鼻白む。
あからさまな裏切り行為をした翔と怒りに燃える賢吾の間で冷たい視線の火花が散った。
「では最後。悠馬さんです」
ずっと黙っていた悠馬は腕組みをしたままメンバーを見て、次に神代を睨んだ。
「ずいぶんと悪趣味なゲームだな」
「皆さんの本気が見たいので」
相変わらずの慇懃無礼な態度に悠馬は苦笑いをしていた。
「それでは悪いですが伊吹さん」
「ええー? また俺?」
「すいません。でも他の人は皆目見当もつかないので」
静寂の中、参加者それぞれの呼吸音まで聞こえる。
その不穏を凝縮させたような音に翔の心が踊った。
いつも輪に加われない彼は他人同士がいがみ合うと不思議と気分が高揚する。
「あなたの願いごとは自作の映像化です」
それは奇しくも賢吾が翔に言わせようとした答えとほぼ一緒だった。
「残念。違います」
額に汗を浮かべながら伊吹は生き延びた安堵の笑顔を見せた。
「ていうかなんでみんな俺が売れてない作家前提なの?」
「うーん……見た目?」
阿里沙が真顔で答えると静かな笑いが起こり、張り詰めていた空気が緩むのを感じた。
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