第10話 『勝者』と『笑者』~伊吹~

 納得いかないまま伊吹は神代のあとをついていく。

 結局帰るものは一人もおらず、全員が連なって歩いていた。

 神代に案内されて向かった駐車場にはマイクロバスが停まっており、これに乗り旅行をするとのことだった。

 とはいえ神代は免許を持っておらず、運転手は別にいた。


「この方が運転手さんです」

「よろしくお願いします」


 紹介された男は帽子を取り会釈すると、すぐにまた目深に被り直す。

 人力車で全員を乗せられるのじゃないかと思わせるほどがたいのいい男だ。

 人相もあまりよくないし、運転以外にもトラブルが起きたときの対処の役割もあるのかもしれない。


 マイクロバスに先頭で乗り込んだ伊吹はその内装に思わず歓喜の声を上げた。


「おおー、なんかすごいお洒落」


 シートは全て革張りで、内装は木目を基調とした落ち着きのある高級感があった。

 更に天井には窓があり、日の光を取り入れられる明るいものとなっていた。

 ちなみに運転席とキャビンの間は壁で仕切られている。


 もっと拉致的なバスを想像していたのでほっとする。

 こんな雰囲気ならシャンパンやらウィスキーなども提供されるかもしれない。

 酒好きの伊吹はそんな期待を抱いた。


「どうぞ、お好きな席にお掛けください」


 座席の数は参加者よりも多く、十六人乗りだ。

 伊吹は適当に前の方に腰掛ける。

 神代は『願いごと』の入った箱をバスの高い位置に置いた。

 そこならば全員から見える位置なので不正のしようもない。

 運転手は車内の様子をモニターで確認していたようで、神代が座ると同時にバスは発進した。


 車が動き出しても車内では当然和気あいあいとした雑談などは起きるはずもなく、スピーカーから静かに流れる音楽だけが車内に響いていた。


 それにしても先ほどの失敗は痛かった。

 伊吹は小さく舌打ちをする。


 つい自己紹介で喋りすぎてヒントを与えてしまった。

 そればかりかその後取り乱したせいで更に墓穴を掘ってしまった。

 あれでは小説家ならではの願いごとをしたと喧伝したようなものだ。

 なんとか取り戻さないと『願いごと』を叶えるはおろか、真っ先に脱落してしまう。

 そこでふとあることに気付いた。


「あの、神代さん」

「なんでしょう?」

「もし二泊三日の旅で優勝者が出なかった場合はどうなるんでしょう?」

「ああ、その説明をしてませんでしたね」


 神代は立ち上がり、参加者全員に向かって説明する。


「もし二泊三日の旅で優勝者が出なかった場合も『願いごと』はひとつだけ叶えさせて頂きます」

「優勝者がいないのに誰の願いごとを叶えるんだ?」


 ペットボトルのお茶を飲みながら翔が訊ねる。


「私の目から見てこの旅を一番楽しんでいたと思う人です。その方を笑う人、『笑者しょうしゃ』として願いを叶えさせていただきます」

「なんだよ、それ。完全に主観の問題じゃね?」

「はい。ですのでなるべく皆さん旅を楽しんでくださいね」


 そう言ったところで急に盛り上がるわけもなく、よけい白けた沈黙が漂う。

 笛吹けど踊らずというやつだ。


「もう一つ質問なんですけど」と手を上げたのは賢吾だった。


 伊吹はじろりと賢吾を見遣る。

 先ほどのやり取りで彼が狡猾で強かな人間だということは分かった。

 賢吾は勝つためにいろんな策を弄してくるに違いない。油断ならない相手だ。


「なんでしょう?」

「途中で願い事を言い当てられた人は失格なんですよね? その時点でこの旅から外されるってことでしょうか?」

「いいえ。違います。一度参加したからには最後まで付き合ってもらいます」

「え、そうなんだ?」


 それはちょっと意外だった。伊吹は驚いて神代を見上げる。


「だから当てられてもその後の旅を楽しんでください。もしかすると優勝者がいなくて自分の『願いごと』が叶うかもしれません」

「へぇ。そっかぁ」


 伊吹は少し安堵した。

 優勝者が出なかった場合を考えると自分に一番チャンスがあると考えたからだ。


 先ほどから主催者の神代に突っかかっている悠馬は論外として、ギャルの阿里沙も浮いた存在で旅を楽しめそうにない。

 暇潰しでやって来たという高校生の翔も他人と馴れ合うつもりはないと挑発的な態度だからあり得ないだろう。


 賢吾はそれなりにうまくやれるコミュニケーション能力はありそうだが、それより他人の『願いごと』暴きに心血を注ぎそうだ。

 そんなことをすれば他人に嫌われるに決まっている。

 朗らかな印象の怜奈が一番のライバルになりそうだが、人見知りで緊張すると言葉に詰まるようだ。

 それほど社交的というわけでもないだろう。


 伊吹はコミュニケーション能力が高い方だと自負している。

 作家同士の飲み会の幹事もこなしていたし、ツイッター内の作家で構成されるグループチャットでも会話の中心となっていた。


 はじめから優勝を狙わず、みんなのまとめ役となり『笑者』を狙って動いた方がいいかもしれない。


「怜奈さんは質問ないんですか?」


 神代に突然話を振られた怜奈は「あ、いえ……大丈夫です」と歯切れ悪く返事をした。

 車酔いでもしたのか沈んだ声だった。

 振り返り様子を伺うと、怜奈は俯きぎみの姿勢で椅子に浅く腰かけていた。

 異様に白い肌や動かない表情が浮世離れしたものに感じられた。


(よく見たら結構可愛い顔してるんだな……)


 普段は明るく振る舞っているがどこか影のある謎めいたところも、自分の物語のヒロインとしてよく書くタイプだ。


(まずは彼女と仲良くなって旅を満喫している感をアピールするか)


 そんなことを思いながら伊吹は怜奈を見詰めていた。

 いつ彼女が顔を上げて目があってもいいように、優しくて知性を感じさせると評判のいい笑みを浮かべながら。

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