第9話  ルール説明~悠馬~

「この二泊三日の旅の間、皆さんにはゲームをしてもらいます。そしてそのゲームの優勝者が『願いごと』を叶える権利を得られます」

「ゲーム? あたしあんま得意じゃないんだけど?」


 悪趣味な展開に阿里沙は眉を潜めた。


「簡単なルールです。皆さんは誰がどんな願いごとをしたか当てればいいだけです。見事正解すれば当てられた参加者は失格となります」


 その説明を聞いた瞬間、サラリーマンの賢吾が鋭い視線を他の参加者に向ける。

 高校生の翔はなにが嬉しいのかニヤニヤと口許を歪めていた。

 怜奈は静かに成り行きを見守っているが、その眉は不安げに歪んでいる。


「ちょっ……ちょっと待ってよ!」


 悲鳴に近い声を上げたのは伊吹だった。


「そういうルールなら自己紹介をする前に説明しなきゃ不公平だろ! 全員もう一回『願いごと』を決め直さるべきだ!」


 彼は自己紹介で自らが小説家であることを告げてしまっている。

 そういった情報は彼の『願いごと』を当てる上で大きなヒントになってしまうのだろう。


「申し訳ございませんが、それはできません」

「なんでだよ! まだ間に合うだろ!」

「ルールですから」

「ルールを説明してからゲームは開始するもんだろ!」

「既にゲームが始まっていたんですよ」


 興奮する伊吹にそう告げたのは賢吾だった。

 眼鏡の奥の目を冷たく細めて薄笑いを浮かべている。


「そもそも願いごとを叶える代わりに旅に参加させる、などというクセの強い企画なのだからなにか裏があると用心してなきゃいけない」

「それはそうだけど。でもなんの説明もなしに自己紹介で引っ掛けるなんて卑怯だ」

「いえ。説明というか、ヒントはありましたよ」


 そう言って賢吾は横目でちらりと神代を見た。


「自己紹介をするように指示してきたとき、彼女は『願いごとは言うな。昔から願いは人に話すと叶わなくなると言われている』と釘を刺した。『願いごと』を書くときは他人に見られるなとも。それで僕は『願いごと』は人にバレたらいけないのかもしれないと予測しました」


 賢吾の指摘に神代は反応を示さない。

 しかし無反応こそが正解の証拠のように悠馬は感じた。

 伊吹はなおもなにか言い返したそうな目をしているが、思考と感情のバランスが崩れたように言葉を詰まらせていた。


「始まってしまったものは仕方ないですよ。それよりこれから気を付ければいいんです」


『これから』に強いアクセントを置いた賢吾の言葉は伊吹を黙らせる力があった。

 さすがの伊吹も狼狽えたり不平を漏らすほど自らの『願いごと』をバラすようなものだと気付いたのだろう。

 納得はしていないが反論はしない。

 そう態度を決めたように口をつぐんだ。


「いや。不公平だね」


 纏まりかけた空気に波紋を広げるように反論をしたのは、伊吹ではなく高校生の翔だった。

 相変わらず口許には挑発的な笑みが浮かんでいる。


「みんな名前や年齢、職業の他、参加理由や意気込みなどをひと言ずつ語った。でもそれをしてない奴がいる」


 そう言って翔は悠馬に指を差してきた。


「悠馬、とか言ったっけ? あんたも何か言わなきゃ不公平だろ」


 余計なことを言うなと睨みつけたが、翔は愉快そうに笑っていた。


「そうですね。翔さんの言う通り、確かに悠馬さんは私がお願いしたひと言アピールがありませんでした。改めてお願いします」


 神代はバラエティ番組の司会者かのように落ち着いていた。


 お前は一体何者だ?

 なぜ死んだ結華の真似をしているんだ?


 喉元まで出かけた言葉を飲み込む。

 それを言ってしまえば恋人を交通事故で失ったという事実を参加者全員に伝えることになってしまう。

 ゲームに興味はなくとも自分の不幸を他人に話して聞かせたくはなかった。


「仕方ないですね。ご本人が言えないようなら、私が千里眼を使いましょう」


 神代はかけていない眼鏡をクイッと上げるように人差し指と中指でこめかみ辺りを押さえる。


「やめろっ!」

「悠馬さんは大切な人を失ったことで心に傷を負ってしまわれました。そのため少しささくれた態度になってしまっています。悪気はないので皆さん優しく接して下さい」

「お前っ……」


 勝手に自分の事情を話され、怒りより驚きの方が勝ってしまった。


 いったいどこまで知っている?


 焦りと苛立ちで嫌な汗が噴き出す。

 恋人が事故で命を落としたことはもちろん神代に伝えていない。

 でも今の口ぶりは間違いなくその事情を知っている様子だった。

 そして知った上で結華に似せたメイクや服を選んでいるということになる。


「ふざけるな」と怒鳴る直前、それを遮るように阿里沙が口を開いた。


「ねぇ、人の『願いごと』を当てるのって何回答えてもいいわけ?」


 一触即発の空気を無視した、緊張感のない声だった。


「いいえ。お一人様一日一回です。だいたいその日の終わりごろを予定してます」

「もし予想が外れたら?」

「もちろんなんのペナルティーもありません。ですので気楽な気持ちで臨んでください」

「ふぅん」


 阿里沙の質問に神代は淀みなく答えていた。

 質問しておいて興味もないのか阿里沙はスマホを弄りながら生返事を返していた。


「他にご質問はありますか?」


 神代が参加者全員に視線を配る。

 阿里沙に話の腰を折られたため、悠馬は冷静を取り戻していたのでひとまず口をつぐんだ。


「もしあんたが『願いごと』を叶えられなかったらどうする?」


 翔は挑発的に神代を指差しながら問い掛けた。

 回答を求めるというより相手を困らせたいというのが透けて見える。


「それは考えてませんでした。そのときはお詫びとして相応の対応をさせてもらいます」


 考えていなかったという割に神代は一秒の間も置かず、淀みなくそう答えた。


「それでは予定が送れてしまいますのでそろそろ出発しましょう。質問はバスでも受け付けます。もちろん納得いかないという方はここで帰っていただいて構いません」


 急にそう言われてもすぐに判断がつく人はいないようで、参加者たちは互いの様子を盗み見ながら動かなかった。


「では行きましょう。午前十時三十二分。旅の始まりです」

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