第8話 『願いごと』を一つだけ~悠馬~
もしかして自分の秘密も知っているのだろうか?
そんな緊張感で全員が大人しくなる。
「人のことより、あなたは何者なんだ?」
悠馬が低い声で唸るように詰め寄る。
化粧といい、ヘアスタイルといい、神代は結華に似ているといううより似せていた。
神代が何者なのか?
なぜそんなことをするのか?
それさえわかれば悠馬はすぐに帰るつもりだった。
「何者かと仰られますと?」
「そういう態度を含めて全てだ。なにが『かみさま』だ。人をバカにするな。あんたは何者で、どんな目的があってこんなことしてるんだ?」
「そうですね。失礼しました」
悠馬の怒りなど意に返した様子もなく微笑む。
「名前は先ほどもお伝えしましたが神代鞠子、年齢は二十歳。申し訳ありませんが詳しい素性は明かせません。しかし旅の最後には願いごとをひとつだけ叶えることをお約束いたします」
「マジ? もしかして神代ちゃんってセレブ? そのブラウスもミュウミュウでしょ?」
「はい、そうです」と神代はにこやかに阿里沙に返事をする。
悠馬が睨みつけているのを完全に無視していた。
自らこんな怪しげな旅に誘ってきて、化粧も服装も結華を真似ているのに、初対面のような態度を貫いている。
いったい何が狙いなのか、悠馬には見当もつかなかった。
「それではこれから皆さんに今から紙をお配りします。そこに『願いごと』をひとつだけ書いてください。書く際は決して他の人には見られないよう、気をつけてくださいね」
なにかを含んだような口振りが気になった。
しかし紙を渡された参加者たちはさっそく紙に願いごとを書き始める。
高校生の翔は書きなぐるようにペンを動かす。
怜奈は見られないようガードしながらこっそりと書く。
賢吾は少し考えたあと他の参加者に視線を送り素早く筆を走らせる。
作家の伊吹はやけに真剣な顔で書き終えた願いを眺めていた。
もうこのまま帰ってしまおうか。
悠馬は本気でそう考えていた。
「どうしたんですか、悠馬さん。もしかして願いごとを考えてきてませんでしたか?」
あからさまに嫌悪感を見せているのに、神代は普通に接してくる。
懐かしさを感じる目で真っすぐに見詰められ、堪らず悠馬は目を逸らす。
いくら他人と分かっていても、結華を思い出してしまうと心が揺さぶられてしまった。
「大丈夫。あなたの願いごとを素直に書いてください。願いが強ければ、きっと叶います」
穏やかな声がゆっくりと脳に染みるように広がっていく。
似ても似つかないと思っていた神代の声が、なぜか結華の声のように聞こえた。
悠馬は返事をせず、黙って短冊形の紙に願いごとを書く。
みんなが書き終えてもギャルの阿里沙はまだペンを握って背を丸め、誰にも覗かれないようにしていた。
願い事を決めてこなかったのか、それともあれこれあって迷っているのか、阿里沙は「んー」と唸りながら思案顔だ。
まっさきに願いごとを書きそうなキャラに思えたので、その行動はちょっと意外だった。
「書き終えた方はその紙を四つ折りにした上で名前を記入してください」
ようやく六人が書き終えたところで神代は黒い金属製の箱を鞄から取り出した。
郵便ポストのように蓋付きの投函口がついている。
「それではその紙をこの箱の中に入れてください」
不思議な行程を訝しみながらも全員がそれに従う。
そのポストをそれより一回り大きな箱に入れ、鍵をかける。
更にその鍵穴に蝋を流し押印で封をした。
「これでこの箱の中は誰にも見られません。もちろん私も含めて」
茶番じみた展開に鼻白んだ空気が広がる。
神代は一度静かに息を吸い込み、そして告げた。
「『願いごと』は叶えます。ただしそれは皆さんのうち、お一人だけです」
「ええー? そんなの聞いてないんですけど」
「なんだよ、それ!」
「インチキじゃないか!」
参加者たちの口々から同時に不満の声が上がる。
その抗議の声を待っていたように神代は微笑んだ。
「私は最初にダイレクトメールでご連絡した時に申し上げました。『六人の参加者で二泊三日の旅をして『願いごと』をなんでも一つだけ叶えて差し上げる』と。それは皆さん全員の『願いごと』の中から一つだけ叶えさせて頂くという意味です」
「そんなの詐欺じゃないか!」と伊吹が息巻く。
急に詐欺の気配になり剣呑な雰囲気になるが、悠馬は呆れかえってそんな反論すらしなかった。
そもそも彼は『願いごと』などはじめから興味がない。
結華によく似た神代が何者なのかということが知りたいだけだ。
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