第3話

 故郷のルーベルトを離れていくにつれて道には草むらが増えてきた。踏む草は徐々に膝丈に伸びてくる。せめてスラックスを履いてくればよかった。私服の長いスカートではとても動きにくい。


「ながい!道ながい!これ地図合ってる?!」

「・・・・・・ああ、合っているはず」


 前のほうでデュークが前に、トーマが後ろで吠えている。長い道のりだ。こんなに歩いたのは生まれて初めてかもしれない。こころなしか素足がひりひりする。


「あの!足に傷ができたみたいです。絆創膏はありませんか?」


 デュークが立ち止まり、眼鏡の奥で鋭く私を見る。


「あなた、どんな覚悟でここまできたんだ?」


 私は何も言うことはできなかった。


「ま、まぁまぁ。絆創膏くらいはむこういってから買えるって。手持ちはゼロじゃない」


 トーマがうつむく私を見かねて、そう言ってくれた。デュークはあきれてため息を落とす。私は自分の発言を恥じてこれから迎える予想を超えられるであろう未来をもう一度覚悟した。


「甘い言葉を恥じております。夕暮れが近づいてます、先を急ぎましょう」


 青い空に朱色が薄く伸びていた。胸元のペンダントを軽く撫でる。


「・・・・・・行くぞ」



 私たちはその場にへたり込んだ。土が服につくのも気にすることができなかった。肩で息をして、暗くなった空を見上げる。星が満天に広がるのを私は初めて見た。

遠くに淡いネオンがぽつりぽつりと見える。


「宿、探すかぁ」

「・・・・・・ああ」


 二人が立ち上がる。私も力の入らない手で、ようやく立ち上がりブーツの紐を結びなおす。二人は既に地図を広げていた。


 幸いなことにすぐ近くに安い宿屋を見つけた。お金を払って、奥の小部屋に入る。ベットの横に鞄を置いて、一息つく。部屋は人数分あいていて二人は私の部屋の隣にそれぞれ入っていた。


「・・・・・・埃のにおい」


 この宿屋は掃除が十分に施されていないようであった。ふと天井の角にクモの巣が張っていることに気が付いた。深いため息をこぼして、マットレスを指でなぞりその指先に何もついてないことを確認し安堵した。


 ノックが聞こえてはいと返事をする。入ってきたのはトーマだった。なんだか心がなだめられて不思議に思う。


「おつかれ、晩食だってよ」

「・・・・・・はい!」


 急いでベットから降りて、部屋を出た。


 ダイニングテーブルに置かれたのは、固いパンと柑橘系のにおいがするジュースという極めて質素な料理だった。それでも生まれて初めての空腹を満たされて思わず涙がこぼれる。


「え、なんで泣いてるの」


 隣に座ったトーマが私の肩に触れる。


「・・・・・・いえ、嬉しくてつい」


 デュークと目が合った。デュークは目を見開いて未だそのことに気が付かないでいる。しばらく視線を交わしているとやっと気が付いたようで顔を赤くした。


「まぁ、いただきます」


 トーマさんの一声でみんなは食べ始めた。




 絆創膏はお風呂上りに宿屋から買って貼ってもらった。トーマは絆創膏を貼ったあと顔を上げてこちらを見ている。私が首をかしげるとトーマはにこりとして部屋を出て行った。時計を見た。まだ時間はある。


 宿屋は狭くはあったけれど店主さんが不在のため探検することにした。まずはロビーから。1Fのロビーは角の隅に寄せるように三人分ソファがあった。


 座っていると私の後にお風呂に入ったトーマが体に白いローブを纏ってふらふらともたついてやってきた。


「あ、こんなとこで何してるの?」


 私の肩に手を回して、トーマは隣に腰を落ち着かせる。少し緊張した私は、体を熱くして答えた。


「た、探検しようかなって」


 トーマは案外そうな顔をして、私の顔を見つめる。


「意外と子供っぽいところあるんだね」

「お、お恥ずかしい限りです」

「いやぁ、ミュリュちゃんまだ若いでしょ?それくらいで普通だって」

「いえいえ、一応このあいだ成人を迎えました」


 トーマが私から顔を遠ざけてよくよく私を見た。


「童顔だね」

「よくいわれます。えっとそういうトーマさんは?」

「二十五」

「え、お若い」


 よく言われる、とトーマは煙草を吹かす。しばらくその空間にいたが耐えきれなくて立ち上がった。

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