第4話

 リビングにデュークさんを見つけた。その漆黒の長い髪の毛が膝まで伸びている。結われたその一房が優美に見えて見とれてしまうほどだった。銀の淵の眼鏡が時々キラキラと光る。その眼差しにあるのは一冊の分厚い本だった。


「・・・・・・なんだ?」


 目が合ってしまった。目を伏せてなんでもないですとその場を立ち去ろうとするが声をかけられた。


「はい・・・・・・」

「話すことがある。そこに腰を掛けろ」


 私は言われた通り腰を掛けた。


「なんで一緒についてきた?」


 デュークさんのその視線は言葉ほど突き刺さるものでもなかった。


「・・・・・・私は世間知らずです。この世界のことなどなにもわかりません……本で習ったくらいで。とても一人で生活していくなんて無理だと思いました。大変身勝手です。でもあなたがたについていくしかなかった」


 デュークさんはふむ、と眼鏡を持ち上げた。そしてほんの少し笑って見せた。


「いいだろう。みんなそんなもんだ。それに、あなたみたいに他人を救ってまで自分をないがしろにするバカなんていない」


 なんだかバカにされているようにも感じたけれど、その表情が緩んだことは私の中でとても大きかった。


「明日は早いだろう、もう寝るといい」

「・・・・・・はい」


 確かにいつも寝ている時間帯だった。私は自分の部屋に戻り、クローゼットにかけられたネグリジェを着ると横になった。色々なことがあったからか直ぐ眠たくなる。部屋を照らしていたランタンを消して、眠りについた。


小鳥のさえずりで目を覚まし、起き上がった。未だに実感がない。夢の中にいるみたいだ。何もかもがふわふわと綿毛みたいでかすんで見える。昨日起きたことも、もしかしてすべて仮想の世界なのではないかと。


 だけれどしっかりとしたシーツの感触と埃っぽい臭いに、それは現実のたわものだと私を説得させる。ランタンの横に見つけたキャンドルを手に取った。


「・・・・・いい香り」


 それは昨夜ダイニングテーブルに香っていた酸味のある果物の匂いだった。窓のカーテンを閉めて、マッチの火を灯す。薄暗くなった部屋にゆらゆらと火が揺れているた。


 朝の眠さにつられてまどろみの中にいると、ノックの音に目が覚めた。トーマだった。


「・・・・・・びっくりした。あーそのアロマキャンドルね」

「ええ、懐かしくて」


 私が暮らしていた都市ではアロマキャンドルは主流で貴族たちの生活に欠かせないものだった。


「あー、昨日の今日だもんね。仕方ないよ」 

「ええ、そういうトーマさんは?」

「俺ね、まぁ今どき珍しい話じゃないもんね。これからきつくなるかもだけど。あ、トーマでいいよ」

「・・・・・・はい!」

「ところでこれからロビーで話し合いがあるんだけど来れる?」


 うなずいた。話し合いか、昨日デュークと仲良くなれてよかった。

 一旦、自分の部屋に戻り着替えてからロビーへと移動した。木造の階段を下りて一階へと行く。昨日のソファに二人が座っていた。


「それで、いつまでここにいるつもり?」

「なるべく早めに出たい。できるだけ早く新しい仕事を見つけて・・・・・・」

「そんな簡単に行く?」


 二人は難しい顔をしていた。私も一生懸命話に入ろうとするがなかなか入れない。


「ミュリュちゃんはどういう仕事できそう?」


あたふたしていると突然声をかけられる。


「え、はい。ベットメイキングやお茶くみ、簡単なお料理だったら」


 トーマがシャープな顎を手に乗せて、唸る。人のお世話なら教育係に教わっていたから自信はあるのだけれど。


「そうしたらやっぱり花の都に行ったほうが話は早そうだね」

「花の都・・・・・・ですか」


 花の都といえばフィナンシャ西都心部。世界一花の数を誇る街。良い案だと思ったのだろか、デュークは私を見る。


「いい考えだと思うがあなたはどう思う?」


「はい、あの街なら確かにホテル街もありますし、いろいろと便利かと」


 いいな、と今度はトーマに確認をする。ああ、とトーマは言った。

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