大切な君を言い訳にしたくないから

 ハヤテがメグミと再会してからもうすぐ半年。

 メグミと再び付き合い出してからと言うもの、ヒロのバックについたり、コンサートのピアニストに起用されたりと、ハヤテは多忙を極めていたが、コンサートが終わってようやく、少し時間の余裕ができた。

 気が付けば季節は冬に移り変わり、街はすっかり華やかなクリスマスムードで、道行くカップルも、どこか浮かれているように見えた。


 ハヤテは大学の昼休みに学食のAランチを食べながら、今年のメグミへのクリスマスプレゼントは何にしようかと考えていた。


(去年はブレスレットだったな。あんまり高いものではなかったけど……。今年はヒロさんとこでもらった給料も結構残ってるし、何かもっといいものあげたいな……)


 メグミと付き合うまで、女の子にプレゼントをした経験のなかったハヤテは、女の子が喜びそうな物や、彼氏にプレゼントされたら嬉しい物がわからない。


(去年もめちゃくちゃ悩んだんだ。今年はどうしようかな……。やっぱりアクセサリーか……腕時計とかバッグとか……)


 今年のメグミの誕生日には突然の再会を果たし、その後何にしようかと迷っているうちにハヤテが東京のヒロの元に行ったので、結局誕生日プレゼントを渡す事はできなかった。


(考えたらオレ、メグミにブレスレットしかプレゼントしてないな。デートらしいデートもしてないし……。せっかくだから旅行とか……)


 今日はメグミのバイトが休みなので、久し振りに早い時間に会える。

 午後の講義の後、駅前で待ち合わせしてデートする事にした。


(いろんな店回ったりして、ちょっと探り入れてみようかな)



 午後の講義が終わり、ハヤテが待ち合わせ場所に向かうと、メグミは先に着いて駅前の時計台の下でハヤテを待っていた。


「もう着いてたんだ。待った?」

「ううん、さっき着いたとこ」


 いつもはメグミの部屋で過ごすので、待ち合わせも新鮮だなと思いながら、ハヤテはメグミの手を取り指を絡めた。


「こうして歩くのも久し振りだ」

「うん、そうだね。まずどこ行く?」

「喉渇いたから、とりあえずお茶でもどう?」


 二人でカフェに入り、ホットコーヒーとケーキのセットを注文した。

 窓の外の賑やかな街の景色を眺めながら、メグミはハヤテに話し掛ける。


「もうすぐクリスマスだね」

「うん。あれからもうすぐ半年か。早いな」

「ハヤテ、ずっと忙しかったから……余計に早く感じるんじゃない?」

「そうなのかな。でも、メグミとなかなか会えない時は、時間が過ぎるのがめちゃくちゃ遅かった気がする」

「うん……私も」


 コーヒーを飲みながらケーキを食べ、他愛ない会話をして、今日はどこに行こうかと相談した。


「せっかくだから、いろんな店回ってみる?考えたら、二人でこういう事、全然した事なかったもんな」

「そうだね」


 カフェを出て、雑貨を見たり、お互いに似合いそうな服を探したり、いろんな店を見ながら手を繋いで歩いていると、メグミがふと一軒の店先で足を止めた。

 メグミはブライダルサロンの入り口に飾られたウエディングドレスを眺めている。


「ん?どうした?」

「ううん……。なんでもないよ。ただ、素敵なドレスだなぁって……」

「うん、キレイだな。メグミに似合うかも」


 メグミは少しはにかんで、ハヤテの方を見た。


「行こ」

「もういいの?」

「うん」


 歩きながら、ハヤテはメグミの横顔を見つめ、ぼんやりと考える。


(ウエディングドレスか……。メグミ、もしかして結婚に憧れてたりする?)


 かつて浅井から結婚を申し込まれた時、メグミは『考えられない』と言って断った。

 それを考えると、ただ結婚願望が強いと言うわけではなく、もしかしたら自分との幸せな結婚を夢見てくれているのかもとハヤテは思う。

 ハヤテは、自分の隣でウエディングドレスを着て微笑むメグミを思い浮かべた。


(キレイだろうな……。いつかそんな日が来るといいな……)


 おぼろげに思い描く未来の二人の姿は、とても甘く幸せそうに見えた。

 今はまだ将来を約束する事はできないけれど、いつかメグミを幸せにするのは、自分でありたいとハヤテは思った。



 クリスマスになり、ハヤテはメグミにムーンストーンのネックレスをプレゼントした。

『純粋な恋』と言う石言葉を持つムーンストーンは、6月生まれのメグミの誕生石だ。

 誕生石を持っているとお守りになるとジュエリーショップの店員から聞いたハヤテは、会えない時はこの石がメグミを少しでも守ってくれるといいなと思った。

 指輪を贈る事も考えたが、それはいつか、二人で将来を誓い合う特別な日のために、今はまだやめておこうと思った。

 そしてハヤテはメグミから腕時計をもらった。

 普段ピアノを弾く事が多いハヤテは、その度に腕時計を外す手間を嫌って腕時計を持っていなかったが、メグミがプレゼントしてくれた腕時計で、この先もメグミと同じ時を刻めると思えば、それもまた悪くないと思った。



 クリスマスの翌日、ハヤテは大晦日に行われるヒロのカウントダウンライブのリハーサルに参加するため、東京に向かった。

 本当はメグミと二人で年越しをしたいとも思ったが、ヒロに頼まれるとイヤとも言えず、これも今後に繋がる経験だと思って引き受けた。

 そしてヒロと親交のある大物ミュージシャンや、日頃ヒロが目をかけている若手のバンドと共に、迫力あるライブで年を越した。



 翌日は父親と一緒にヒロの自宅に招かれた。

 ヒロの奥さんの作ったお節料理や洋風のオードブル、お雑煮など、美味しい手料理をご馳走になって、ヒロと父親と一緒に酒を飲んだ。


「ハヤテ、すっかり馴染んできたな」

「そうですか?」

「馴染んではきたが、染まらねぇのがまたいいんだよな」

「……?よくわかりません」


 相変わらずよくわからないヒロの発言に、素っ気なく真面目に返事をするハヤテを見て、父親がおかしそうに笑った。


「それで……ハヤテは卒業したら、チーちゃんちの子になるのか?」

「ああ……うん……そうだなぁ……」


 歯切れの悪いハヤテの返事を聞いて、ヒロが僅かに眉を寄せた。


「なんか他にやりたい事があるんなら仕方ねぇけどな……。ハヤテは、どうしたいんだ?」

「ヒロさんの元で、この仕事をしてみたいと思う気持ちはあるんです。信頼できる仲間を見つけて、自分のやりたい音楽をやっていきたい。でも……」


 ハヤテがためらいがちに答えると、ヒロはしばらくハヤテの顔をジッと見た。


「迷う理由はなんだ?彼女の事か?」

「……ハイ」


 ヒロはタバコに火をつけてゆっくりと煙を吐き出すと、ため息をついた。


「オマエの将来を決めるのはオマエだ。自分のやりたい事や夢をあきらめるのを、あの子のせいにだけはすんな」


 ヒロの言葉は、ハヤテの心に重く響いた。


(メグミのせいに……?)


「本当にあの子の事が好きなら、それを言い訳にしないやり方を考えろ」

「……ハイ……」


 何も話していないのに心の内をすべて見透かしたようなヒロに、ハヤテは畏怖の念を抱く。

 神妙な面持ちで黙り込むハヤテに、ヒロが事も無げに言い放った。


「オレ今、日本で見つけた若くて面白いヤツら連れて、ロンドンでやってんだ。いずれハヤテの仲間になるかも知れねぇな。ハヤテがロンドンに来る気があれば、の話だけどな」

「えっ……」


(ロンドン……?)




 翌日の夕方。

 父親と一緒に自宅に戻ったハヤテは、久し振りに帰省した兄と、珍しく家にいた弟と一緒に酒を飲みながら、母親の作ったお節料理とお雑煮を食べた。

 今まではこういった家族団欒の経験はほとんどなかったが、最近なんとなく、母親が優しい表情をしているような気がする。

 前からそうだったのにハヤテが見ようとしていなかったのか、本当に母親がそう変わったのかはわからない。

 ハヤテはただ、家族で一緒に食卓を囲めるくらいの、当たり前の家族に近付けた事が、素直に嬉しかった。


 夜が更けて来ると、東京から帰ったばかりで少し疲れていたハヤテは、家族より一足先に部屋に戻った。

 メガネを外してベッドに仰向けに寝転がり、天井を見上げた。

 少し酔いの回った頭に、ヒロの言葉が蘇る。


『オマエの将来を決めるのはオマエだ。自分のやりたい事や夢をあきらめるのを、あの子のせいにだけはすんな』


 ハヤテはヒロの元で今までとは違う形で音楽をやっていきたいと思いながらも、離ればなれになってメグミに寂しい思いをさせたくなくて、ヒロに正式な返事をするのをためらっていた。

 一度は別れた事を悔やみながら、あきらめようとしたメグミと再び出会い、お互い同じ気持ちだとわかって、もう一度付き合う事ができた。

 忙しくてなかなか会えない時は寂しくて、会いたい気持ちが抑えきれず、真夜中に車を走らせ会いに行って、明け方まで何度も互いを求め抱き合った事もあった。

 メグミに寂しい思いをさせたくないと思っているのは嘘じゃないが、ハヤテ自身もまた、メグミ無しではいられなくなっている。

 メグミと離れたくない。

 ずっと一緒にいたい。

 でも本当に、そのためだけに、初めて見つけた自分の行きたい道をあきらめて、後悔はしないだろうか?


『本当にあの子の事が好きなら、それを言い訳にしないやり方を考えろ』


 ほんの数週間会えないだけでもおかしくなりそうだったのに、メグミのいない遠く離れたロンドンで、本当にやっていけるだろうか?

 ヒロはあれから、日本に拠点を戻すのは、5年先とか10年先とか、具体的に何年後になるかはわからない、と言っていた。

 ヒロは日本での活動もある事から、時々日本とロンドンを往き来しているが、ヒロが日本から連れて行った若いミュージシャンたちは、ロンドンに行ってから一度も日本には帰っていないし、帰りたいとも言わないらしい。

 それだけの覚悟でヒロに着いてロンドンに渡ったのか。

 もしくは、日本に帰りたくない理由でもあるのか。

 どちらにせよ、一度行くと決めてしまえば、もう簡単にはメグミには会えなくなる。

 メグミと離れたくはないが、ロンドンにいる若いミュージシャンの事は気になった。


『いずれハヤテの仲間になるかも知れねぇな』


 ロンドンに行って、ヒロが見つけ出した若いミュージシャンと一緒に、音楽をやってみたい。

 自分がどこまで上を目指せるのか、試してみたい。

 いつか父親が教えてくれた、『颯天』と言う名前に込められた父親の願いが、ハヤテの脳裏にちらついた。


『迷わず自分の道で上を目指して、いつか

 天辺てっぺんに立つ男になれるように』


 真剣に悩んで自分の道を選んだら、あとは迷わず自分を信じて上を目指すのみ。

 迷いが生じると、うまくいかない事を人のせいにしたり、上を目指せなくなった時に、誰かのためだと言い訳したりする。

 ハヤテは長年ピアノを弾いてきた中で、似たような理由でピアノを辞めていった人達を目の当たりにしてきた。

 今の自分に、メグミを言い訳にしないで自分の道をあきらめる事ができるだろうか?

 一度別れてから再会するまで、5か月近くもメグミとは会わなかった。

 あの時ハヤテは、ひどい言葉を吐き捨てて別れた自分は、どんなに会いたくてもメグミとはもう会えないと思いながら、慣れないイタリアでの3か月の留学期間を、一人で乗り切った。

 だけど、今の自分にそれができるだろうか?

 日本に戻れるのは何年先になるかもわからないのに、会いたくても会えないつらさや、離ればなれの寂しさに、自分もメグミも耐えられるだろうか?

 自分が寂しいと思っている時に、少しでもメグミの寂しさを感じたら、きっと居ても立ってもいられなくなってしまう。


(オレきっと……メグミが待ってると思ったら……甘えて、途中で全部投げ出して帰って来ちゃうよ……)


 メグミを連れて行けたら、お互いに寂しい思いをしなくて済む、とも思う。

 だけど、自分のわがままな夢のために、頑張って勉強して入った大学を辞めさせて、メグミ自身の夢もあきらめさせて連れて行く事は、正しい愛情と言えるだろうか?

 メグミが大学を卒業したら迎えに来てロンドンに連れて行く、と言う選択肢もある。

 それでもメグミが大学を卒業するまで少なくとも3年はかかる。

 それに、3年後の自分は、メグミの人生を背負えるほど大人になれているだろうか?

 結婚してメグミの一生を守れるほど大人になるのは、何年先になるだろう?

 ミュージシャンとしての地位を確立して、経済的に安定していないと一緒に生活する事もできないのに、安易に結婚しようとか、ついて来て欲しいとは言えない。


(どっちにしたって、自分の夢のために、メグミを置いて一人にしちゃうんじゃないか……)


 どうすればメグミを手放さずに、夢を追う事ができるのか?

 大事なものを守るには、大事な何かを犠牲にするしかないのか?

 日本に帰ったら結婚しようと言えば、メグミは待っていてくれるだろうか?


(何年先になるかもわからないのに、待っててなんて言えないよ……。守れるかどうかもわからないような不確かな約束でメグミを縛り付けるなんて、オレにはできない……)


 守れなかった約束は、結果的に嘘で終わる。

 もう、メグミにそんな思いをさせたくない。


(オレはどうすればいいんだろう……)




 冬休みが終わると、卒業公演のソロピアニストに選ばれたハヤテは、再びピアノの練習に明け暮れる毎日を送っていた。

 また思うようにメグミと会えない日々が続く中で、ハヤテはヒロに言われた事を考え続けていた。

 メグミと離れたくないと思うのに、ヒロについてロンドンに行きたいと言う思いが、ハヤテの中で日毎に強くなっていく。

 その事をメグミに話す事もできず、ただ一人でぐるぐると思いを巡らせた。

 複雑な迷路をさまようような、簡単に答えの出せない苦しみに苛まれる日々が続いた。

 メグミに会いたくてどうしようもなくなって、車を走らせ、会いに行く夜もあった。

 互いの寂しさを埋めるように抱き合った後は、ハヤテの中の迷いがまた大きくなった。

 このままでいいのだろうか?

 本当にこれが、メグミにとって幸せだろうか?

 本当は『会いたい』『寂しい』『もっと一緒にいたい』と言いたいのに、ハヤテを困らせないように我慢しているのではないか?

 今はまだ、ほんの少し無理をすれば会う事もできるけれど、ロンドンに行ってしまえば、そんなわけにもいかない。

 誰よりもメグミを幸せにしたいと思いながら、また素直に『会いたい』と言う事もできないつらい恋を、今度は他でもない自分自身がさせているのではないかとハヤテは思った。


(そろそろ、答えを出さなくちゃ……)



 その夜もハヤテは、自宅で卒業公演で演奏する曲を練習していた。

 ひたすらその曲を弾いていたハヤテが、突然手を止め、弾くのをやめてしまった。

 そしてしばらくの間、どこか遠い目をして、そこにない何かを見つめた後、誰のものでもない寂しげな旋律を、愛しそうに奏で始めた。


『春になったら……』


 いつかのメグミの寂しげな呟きが、ハヤテの耳に聞こえた気がした。

 あの日メグミと見上げた月のように、ハヤテの目に映るすべてがにじんで見えた。

 そしてハヤテは、他の誰のためでもなく自分自身のために、ロンドンに行く事を決めた。




 大学が春休みに入ったメグミは、卒業公演の練習で忙しいハヤテに会えない分、長い時間をバイトに費やしていた。

 本当はもう少し一緒にいたいと思うものの、再び付き合い出してからのハヤテは常に忙しい。

 でもたくさんの人にその才能を認められ、求められると言う事は、今までハヤテが人の何倍も努力をしてきた結果なのだとメグミは思う。

 いつもメグミの事を一番に考えてくれる優しいハヤテを、以前のように子供みたいなわがままで困らせたくない。

 今はなかなか会えないけれど、卒業公演が終わって落ち着けば、今よりは一緒にいられるはずだ。

 ただ、ハヤテは何も言わないが、メグミの中でひとつ気になっている事があった。

 最近、たびたびヒロのバックバンドのメンバーに起用されているが、ハヤテは音大を卒業したら、どうするつもりなのだろう?

 東京に行って、ヒロの元でミュージシャンとして活動するのだろうか?

 また離ればなれになってしまうかも知れない不安がメグミの脳裏をよぎる。

 だけどメグミは、別れるわけではないし、遠距離恋愛になったとしても、ハヤテが自分の事を想っていてくれるなら大丈夫だと思っていた。

 どんなに寂しくても、泣いてハヤテを引き留めるような事だけはしないでおこう。

 そのためには強くならなければとメグミは思った。



 その日、バイトを終えて帰り支度を済ませたメグミは、バイト先の書店で発売したばかりの音楽雑誌を買おうと手に取った。

 表紙には渋くキメたヒロが、不敵な笑みを浮かべている。

 パラパラとページをめくると、ヒロのロングインタビューの他に、ハヤテも出演したカウントダウンライブの写真と記事が掲載されていた。

 掲載されたカウントダウンライブの写真の端の方にハヤテの姿が写っているのを見つけると、メグミは嬉しそうに笑って、雑誌を胸に抱きしめた。

 買って帰ってゆっくり読もうと、雑誌を手にレジに向かいかけた時、誰かに肩を叩かれた。

 ビックリして振り返ると、そこにはソウタが笑って立っていた。


「川嶋!久し振りだな、元気か?」

「梶本くん!久し振りだね」

「学校この辺?」

「うん。学校も家もすぐ近く。ここでバイトしてるの。梶本くんは?」

「たまに行く店がこの近くなんだ。なぁ、時間あるなら飯でも食う?」

「そうだね」


 メグミはレジで会計を済ませ、ソウタと駅前のレストランに足を運んだ。

 それから、食事をしながらお互いの高校卒業後の話や近況を話した。

 メグミはハヤテと別れた時、理由は詳しく言えないが、別れたと言う事実だけはソウタに話していたので、その後偶然ハヤテと再会して、また付き合っていると報告した。


「そうか、良かったな」

「うん」

「ハヤくん、最近どうしてる?」

「今はハヤテが忙しくてあまり会ってないけど……。イタリアに留学してたのは知ってる?」

「兄ちゃんから聞いた。なんかすげーコンクールで最優秀賞とったんだって?」

「うん。それから学内のコンサートなんかで、ピアニストに選ばれたり……ヒロさんの後ろでキーボード弾いたりしてる。あ、そうだ」


 メグミは鞄の中から、買ったばかりの音楽雑誌を取り出した。


「ハヤテ、ここに少し写ってるんだ」

「うわ、マジか!!ハヤくんかっこいい!!」


 興奮気味に雑誌を見ていたソウタが何気なくページをめくって、ヒロのロングインタビューの記事の文字を目で追うと、怪訝な顔で首をかしげた。


「なぁ、川嶋」

「ん?どうかした?」

「ハヤくん……卒業したらどうするんだ?やっぱりヒロさんのバックにつくのか?」

「ハヤテからは何も聞いてないけど、そうかも知れない」


 ソウタは眉間にシワを寄せて、雑誌をメグミに向け、ヒロの記事を指差した。


「ここ……。ヒロさん、今、ロンドンに拠点置いて活動してるって書いてある」

「え?」


 メグミはまじまじと、ソウタが指差した辺りの文字を目で追った。


「日本で見つけた若いミュージシャン連れてって、自分のバックとか仲間のバンドのヘルプにつかせたりしてるって」

「うん……」

「もしかして……ハヤくんも、ロンドンに行くつもりなのかな……?」



 ソウタと駅前で別れた後、急いで帰宅したメグミは、改めて雑誌の記事をじっくり読んだ。


 若いミュージシャンの可能性や、本人もまだ気付いていない才能を、自分の元で最大限に引き出したい。

 完成形を求めているわけじゃないから、これからどんどん形を変えて行く方がいい。

 小手先の技術を持っている者よりも、少々荒削りでもいいから、未来の姿を見たいと思わせる魅力を持っている者に『プロポーズ』したんだと、ヒロは語っていた。


 雑誌を閉じて、メグミは膝を抱えた。

 ハヤテのピアノの才能は、ヒロもじゅうぶんわかっているはずだ。

 だから、まだ若いハヤテをバックバンドのメンバーに起用したのだろう。

 ヒロは、ハヤテの未来を見てみたいと思っているのだろうか?


「プロポーズって何……?私とハヤテの未来はどうなるの……?」


 思わず呟いて、メグミは膝の上に頭を乗せて目を閉じた。

 いつかもっと大人になった時、ハヤテがプロポーズしてくれたらいいなとメグミは淡く夢を見ていた。

 ウエディングドレスを見たハヤテが、メグミに似合いそうだと言ってくれた時、ハヤテにとってその言葉に深い意味はなかったのかも知れないけれど、隣でウエディングドレスを着て欲しいと思ってくれていたらいいなと思っていた。

 正直で嘘がつけないハヤテは、守れない約束や遠い未来の不確かな約束はしない。

 真面目で責任感が強くて、引き受けた事や、一度やると決めた事は、途中で投げ出したりせず最後まできちんとやり遂げる。

 そんな真面目で優しいハヤテが、自分を置いてロンドンへ行けるだろうか?

 逆に『メグミのために行かない』と言われたらどうすればいいのだろう?

 ハヤテが何も言ってくれないのはどうしてなのか?

 たくさんの疑問と不安が、メグミの頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 ただ確実に言えるのは『誰よりもハヤテを愛している』と言う事と、『この先もずっとハヤテと一緒にいたい』と言う事だけだ。

 もしハヤテが『ついて来て欲しい』とか『待っていて欲しい』と言ったら、ハヤテの言う通りにしようとメグミは思った。




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