第百六十一話〈喫茶店入〉

曇った日だ。

永犬丸士織は傘を持って歩き出す。

彼女の手には、小さな手が強く握られていた。

八峡義弥が残した、彼女の息子。

長靴と合羽を着込んでいて、もう片方の手には傘が握られている。


そのまま、彼女らは二人、喫茶店へと向かう。

其処は、永犬丸士織と、八峡義弥が遊びに行って、入店した喫茶店。

〈雨の日の午後〉。今日はまだ、雨か晴れかは分からない。

店の中に入る、そうすると、テーブルを拭いていた一人のメイドドレスのウェイトレスが軽やかなステップと共にやって来る。

学園を卒業した今でも、この喫茶店で働いている投刀塚旭だった。


「いらっしゃーい!」

「あ、士織ちゃんっ!」


近づくと、永犬丸士織の手を放して、永犬丸詩游が投刀塚旭の元へと走り出す。


「ねーちゃん」


「あ、詩游くーんっ!」


投刀塚旭の胸に飛び込む投刀塚詩游。

それを腰を屈めてその抱擁を返す様に強く抱き締めた。


「きゃーっ!可愛いなぁ……」


二人が強く抱き締めあう最中。

永犬丸士織は微笑みながら、投刀塚旭に挨拶をする。


「こんにちは」

「旭ちゃん」


「あ、士織ちゃんっ」

「こんにちわーっ!」

「今日も来てくれて、ありがとねー」


元気よく挨拶を済ませると。

投刀塚旭は立ち上がり、パッパッとスカートを正して手を広げる。


「んー、じゃ、早速」

「ようこそ、雨の日の午後へっ!」


そう言って、永犬丸士織と詩游を、テーブル席へと案内する。

席に座る二人は、開かれたメニューの中からどれにするか決めていた。


「詩游、今日は何を食べたいの?」


「えーっとね」

「うーん……あっ」

「これ、これがたべたい!」


そう言って、詩游が指差したのは肉々しい食べ物だった。


「……ミートパイ?」

「けど、まだ雨じゃないよ?」


空を見上げる。

まだ、雨が降るか、分からない曇り空だった。


「えー……」


永犬丸詩游は残念そうな表情を浮かべる。

それを見た投刀塚旭はパン、と手を叩いた。

視線が、投刀塚旭へと向かう。


「大丈夫だよ士織ちゃん」

「これから、雨が降るらしいし」

「天気予報でも書いてあったから」


そう言った。

テレビでは、天気予報は雨だと出ていた。


「そう?でも何だか悪いよ」


しかし、永犬丸士織は、この曇り空を見上げて言う。


「だって、晴れそうな気がするし」


曇り空を見て、永犬丸士織はそう感じていた。


「え?……いやぁ、流石に、どうかなぁ?」


空は曇り、晴れる様子は無い。

永犬丸士織はくすりと笑って投刀塚を見ると。


「なんとなく、だけどね」

「晴れそうだから」


「そうかなぁ……」

「でも、詩游くんが食べたそうにしてるから」

「それに、実は……もう、作っちゃってるんだ……」


と、耳打ちする様に言った。

それを聞いた以上、せっかく作ってくれたものを無碍にするわけにはいかない。


「そうなんだ、うん、そっか」

「詩游、本当は、ダメなんだよ?」


永犬丸士織は、永犬丸詩游に顔を向けて、両手の指を重ねてバツ印を作る。

永犬丸詩游は、ダメだと言う事よりも、ミートパイが食べられる事を嬉しく思っていた。

だから、返事は元気良く、軽やかだった。


「うんーっ!」

「じゃあ、二つ、お願い」


そうメニューを入れる。

投刀塚旭は了解の意を唱えると。


「かしこまりーっ!待っててね、すぐ作るからねッ!」


そう言って、厨房の奥へと入っていくのだった。

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