最終話〈未来晴天〉

カットされたミートパイが運ばれて来る。

永犬丸士織と永犬丸詩游は、それを受け取ると一緒に両手を合わせた。

そして、永犬丸詩游は一心不乱に熱々のミートパイに齧り付く。

永犬丸士織は、子供の食べる様を微笑みながら自分もミートパイを食べた。


「詩游」

「おいしい?」


フォークで突き刺して、ナイフで切り分ける。

そして口に運びやすいサイズとなったそれを、永犬丸士織は食す。

その味は、かつて、八峡義弥と食べた時となんら変わらない味だった。


「うん!」


赤いソースに口を汚しながら永犬丸詩游は笑った。

子供の笑顔を見ていると、自然と彼女も笑みが綻んでしまう。


「そう」

「良かった」


一口食べて、過去の記憶を思い出す。

永犬丸士織が、八峡義弥と一緒に食べた時の記憶。

八峡義弥はそれをうまいと一言、口にしていた。


「お父さんも」

「ミートパイ、好きだったんだ」


口からそう零して、永犬丸士織はミートパイを口にする。

永犬丸詩游は、それを聞いて一瞬、ミートパイを噛むのを忘れていた。


「へー……あむ」

「………んむ、ん」

「……ねー、おかーさん」


そうして、永犬丸詩游は、単純な疑問を思い浮かべた。

そして、永犬丸士織に向けて聞いてみたのだ。


「ん?」


「おとーさんって、どんな人?」


単純な疑問。

自分の父とはどんな人間だったのか。

誰もがそう考えるその質問に、永犬丸士織は考える。


「んー……っと」


どの様な人間だったか。

永犬丸士織は、嘗ての彼の行動を考えて。

思わず、笑みを零してしまう。


「…………うん」

「あなたのお父さんは」

「最低な人」


笑みを浮かべたまま、永犬丸士織はそう言った。

しかし、それは侮蔑の言葉じゃなかった。


「それでいて」

「最愛な人」

「素敵な人だった」

「お父さんが居なかったら」

「私は潰されてぐちゃぐちゃになってたかも」


そう。

永犬丸士織は、八峡義弥が居なければ此処に存在していない。

きっと、禍憑に押し潰されて精神が死んでいたのかも知れない。

永犬丸統志郎が居る限り、その様な事は無いと信じたいが。

しかし、彼女の精神はきっと今の様な感じでは無かっただろう。


「えー、こわーい」


ぐちゃぐちゃ、と聞いて、永犬丸詩游は目を細めた。

永犬丸士織は、そんな可愛らしい反応をする我が子を愛おしく思い。

ナプキンで、我が子の口の周りを拭いていく。


「うん、怖いね」

「だから」

「………逢えて良かった」


しみじみと永犬丸士織はそう呟くのだった。


「美味しかったね」

「そろそろ、帰ろうか」


ミートパイを食して、少しだけ休憩して。

そろそろ時間だと思った永犬丸士織は立ち上がる。

永犬丸詩游は、彼女の言葉を聞いて頷くと、椅子から降りて投刀塚旭の元へと向かった。


「うんー!」


「旭ちゃん」

「お会計、お願いね」


永犬丸士織が伝票を渡す。

それを受け取った投刀塚旭は調子良く頷いて。


「はいはーい!」


と叫びながらレジへと向かった。

レジでお会計をしている最中。

投刀塚旭は窓から空を見た。


「えーっと……あ、」


外は、雲が割れて。

晴れた日差しが出ている。

天気予報など、アテにならない程に。

真っ新と、晴れていた。


「ん?どうしたの」


「ん?ううん」

「士織ちゃんの言う通りだな、って」


素早く会計して、割引した値段のお金を要求する。

永犬丸士織は財布からお金を取り出して、それを置いた。


「うん」

「なんとなく、そうだと思ったんだ」


会計を終わらせて、永犬丸士織は永犬丸詩游を連れて行く。


「行こっか、詩游」

「おうちに」


「うんー!」

「ばいばーい!」


「はーいっ」

「またのご来店」

「お待ちしてまーすっ!」


そうして、二人は、晴れた日を傘も差さずに歩き出す。

……これまでの人生。

永犬丸士織は様々な体験をしてきた。

そして、多くのモノを与えられて、その手には様々な大切なモノがある。

けれど手の器は小さく、歩けば歩く程に、それは手から零れ落ちていく。


零れ落ちてしまったものは、もう戻らない。

だからこそ、手に残った微かな大切なモノを大事にする。

人生とは、与えられたり、失ったりするものだ。


それを恐れて、立ち止まってしまう事もあるだろう。

後ろを振り向いて、零れたモノを見つめてしまうだろう。


それでも、人は前に進まなければならない。

それはきっと、その大切なものを、受け継ぎ、継承する為だ。


永犬丸士織はこれから、さらに何かを失うだろう。

それでも、永犬丸士織は、大切な何かを、子に与える事が出来る。


それは思い出であり、モノであり、愛でもある。

それがある限り、苦痛を恐怖を受けても、前に進む事が出来る。

何かを背負い、生きる事が出来る。


もう彼女は、苦痛を背負い哭く様な少女ではない。

恐れずして、前に進める。

背負い続けて、生き続ける

彼女の曇る雨は、既に晴れているから――――



































     『禍憑姫/狗姫けんき与承よしょう編・完』



















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