第百五十九話〈七年経過〉

――――7年の歳月が過ぎた。

大人となった少女は、家督を引き継いでいた。

既に少女は、大人としての魅力を醸し出していた。

この7年で多少、身長が伸びて、胸や尻など、多少の膨らみが出来ている。

薄く口紅を塗る彼女は、白の羽織と、封魔刀を握り締めて夜を歩く。

伸びた髪を三つ編みにして、毛先を鈴付きの髪留めで止めている。

あの頃の、幼い姿、その輪郭を残す彼女は、涼やかな声で人差し指を振る。


「おいで、飛牙嵐ひがらん


臨核より神胤を循環。

洞孔に通して穴径より放出。

式神を召喚する為の神胤を形成すると、両肩から煙を放出する犬の式神が召喚される。

大きな犬だ。大型トラック程の大きさを持つ飛牙嵐ひがらんの額に乗ると、式神は空を駆け出した。


本日、彼女は厭穢の討伐任務を控えている。

基本的に、成人した祓ヰ師は遠方への討伐遠征は少なく、県内に発生した厭穢や外化師を討伐する様に活動しているのだ。

永犬丸士織は学園付近の永犬丸屋敷に在住している。

今宵、討伐の任務が起きた為に、彼女は指定場所へと向かっていた。


「―――虫の厭穢」

「飛ぶタイプ」


空。其処には厭穢が飛んでいた。

ムカデの様な胴体を持ち、ぶんぶんと羽が蠢いている。

大きな鋏の口は、人の胴体を簡単に切断出来そうだった。


「空中戦」

「分が悪いと思う?」


永犬丸士織は大して軽やかな口調で言う。

更に指を振ると、永犬丸士織は神胤を放出して陣を形成する。


「遊んで良いよ、浮駒烏狗ぷくぷく


永犬丸士織の背後から、可愛らしい顔をした胴体が月の様に膨らむ子犬が複数出現する。

それは、二十、三十と、数が多く、虫の厭穢の周囲に浮遊していた。

泳ぐ様に、式神の手足がバタバタと動いている。


「これが足場」

「あなたにとっては」

「逃げ道を塞がれた様なもの」


更に、永犬丸士織は神胤を放出する。

式神を複数召喚するのはかなりの難度だ。

式神を維持する為に神胤の消耗が多く、二体、三体になるにつれて神胤の消耗が激しくなる。


「それじゃあ」

「いこうか、痣火疵あかし化毛薙けげなぎ


神胤から噴出する激しき獣。

それは、永犬丸士織が唯一手元に残す事が出来た式神の古株。

現在では火炎耐性が付いた嘗ての化毛薙であった。

針の様な毛並みだった化毛薙は、火傷によって毛が焼かれて、肌が晒されている。

それを隠す様に、赤い包帯が巻かれていた。


虫の厭穢が祓ヰ師である永犬丸士織に向かってくる。

永犬丸士織は極めて冷静な状態で、動く気配が無く。

永犬丸士織の代わりに化毛薙が突進した。


「ぷきゅっ」

「ぴぎゃっ」


浮駒烏狗ぷくぷくを踏ん付けて虫の厭穢の羽を爪で切断していく。

羽を失い、落下しそうになる虫の厭穢。

永犬丸士織は、落ちていく虫の厭穢を見ながら。


「うん」

「行こうか」


ふわり、と。

飛牙嵐の頭から飛んだ。


「わおッ!?」


驚きの表情を浮かべる式神たち。

そのまま落下する永犬丸士織は、封魔刀を抜刀すると、落下速度を乗せた突きを虫の厭穢に見舞った。

硬い甲殻を突き破り、封魔刀の切っ先が厭穢の核を突いた。

それで終わりだった。虫の厭穢は形を崩していき、黒い液体となって弾け散る。

急ぐ様に飛牙嵐が落下する永犬丸士織を背中に乗せた。

わたあめの様に柔らかな毛が彼女を無傷で救い上げた。


「ありがと、飛牙嵐」

「化毛薙も、浮駒烏狗ぷくぷくも、お疲れ様」


そう言って永犬丸士織は三体の式神に感謝の言葉を浴びせる。

こうして、彼女の仕事は終わるのだった。

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