第百五十八話〈少女覚醒〉

そして、永犬丸士織は目覚めた。

白い天井は見慣れた景色。

体を動かそうとすると、酷いくらいの痛みが走り出す。

穿たれた左肩は、しかし、傷の痕は無く、痛みを発しているのは、肉体では無く神経からであり、それは幻肢痛の様なものだった。


「まだ、動かない方が良いですよ」


そう告げる声が傍で聞こえた。

永犬丸士織はその声のする方に顔を向ける。


灰色の髪を一束に纏めて肩から流す様に下し。

中性的な表情は、男にも女にも見える。

常に薄っぺらい笑みを浮かべる彼は、今では暖かな表情だった。


其処に居たのは月知梅瑞希だった。

永犬丸士織を覗き込む様に顔を見下ろしている。


「治療は施しましたが」

「それでも痛みは残っているでしょう」


月知梅瑞希の術式によって。

永犬丸士織の体は修復されていた。


「あぁ」

「無茶をしますね」

「流石は、八峡さんと恋仲だった人」

「とでも言いましょうか」


呆れる様に、月知梅瑞希は言う。

しかし、生きていて良かったと安堵の息を漏らす。


「けれど」

「今後、無茶をするのは止めた方が良いですよ」

「もう、きみの体は」

「きみのものだけじゃない」

「大切な人から受け継いだ血筋を」

「絶やしてはいけません」


そう言った。

永犬丸士織は、ゆっくりと、自分の腹部に向けて手を伸ばす。

今は、まだ感じない。

それでも、確かに、その中には、胎児が存在する。


八峡義弥の蜜月。

それによって出来た彼女と彼の培われた命。


「アイツ」

「最後の最後に」

「コブ付きにして逝きやがった」

「とんでも無いやつだな」


そして、彼女の近くで年老いた声が聞こえ出す。

滑栄教師だ。しかし、その目には少しだけ涙を浮かべていたらしい。


「どうしようも無い奴だ」

「あぁ……本当に」

「迷惑しか掛けん奴だ」


その言葉は半分本心だ。

それでも滑栄教師は八峡義弥が別の形で生きていると。

永犬丸士織に生きる意味を持たせた事。

それだけは、良くやったと思っていた。


「………よし、さんは」

「自分から、求めては無いんです」

「私から……よしさんに」

「思い出が欲しかった、から」

「………けど」

「……大きい、なぁ」


八峡義弥から与えられた祝福。

永犬丸士織が守るべき命。

その重さを、その大きさを、ゆっくりと噛み締めながら。

永犬丸士織はゆっくりと目を閉ざした。

意識を落として、深く深く、長い時間を眠る事にする。

けれど、今度は八峡義弥の夢を見ようだとは思わない。

ただ、今はその痛みを感じながら、明日を生きる為に力を蓄える。

その為に、永犬丸士織は眠りに落ちるのだった。


――――それから、長い年月が経過した。



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