第四十六話〈狗姫再会〉

三十分ほど、八峡義弥の訓練を眺める永犬丸士織。

それは八峡義弥の邪魔をしてはならないと言う考えであり。

また、話し掛けるタイミングが掴めないからだった。


「今日はここまで」

「また明日」

「キチンと体を休めるように」


時計を見ながら、生家教師はそう言った。

そして足早にグラウンドを駆けて消えていく。

何か用事でもあるのだろうか。

そう考えるには、まだ脳に酸素が行き届いていなかった。


「は、ぁ、あざ、しっ…た」

「は。あ……あー……」


大の字で倒れる八峡義弥は息を荒げる。

ゆっくりと呼吸を整えて、目を開くと、其処には辺留馨が立っていた。

八峡義弥はジャージだが、彼女は普通の制服だった。

普通、これほど動けば息の一つ乱れるだろうに。

流石は士柄武物遣いと言った所か。

辺留馨は汗を流す事無く、平然とした様子で立っていた。


「今日はえらく、終わるの早いすね」


世間話をする様に八峡義弥は語り出す。


「娘さんの……入学式に………行くらしいわ」


辺留馨はそう言った。

どうやら、生家出流教師について何か知っているらしい。


「え?生家さん、既婚者でしたっけ?」


「小学六年生………だった筈……」

「血は……繋がって……ないらしいわ」


そう辺留馨が答える。

八峡義弥は頷きながら体を起こした。


「へぇ……色々と複雑なんすねぇ」

「六年生なのに入学式すか」


「転入したから……教師に……呼ばれたのかも」

「知れないわね………よく、分からないけれど」


其処まで話して。

八峡義弥はグラウンドの上に視線を感じた。

そしてその視線に向けて顔を向ける。


「……ァ?」


「あっ」

(先輩と目が合ってしまった)

(あの頃から私)

(色々変わってしまったけど……)

(覚えてくれてる、かな?)


一年前とは違い、彼女は色々と変わってしまった。

その変化の差に、八峡義弥は気が付いて彼女を永犬丸士織と認識するかどうか。


「よォ、ワン子」

「久しぶりだな」


それは、どうやら。

永犬丸士織の杞憂であったらしい。

八峡義弥は永犬丸士織の姿を見て、一発で永犬丸士織だと認識出来た。

彼女の名前を呼んで、永犬丸士織は花が咲く様にぱっと表情を明るくすると。


「………はい、先輩」

「お久しぶりです」


そう言って、嬉しそうに永犬丸士織は八峡義弥の元へと降りていく。

八峡義弥は服に付着した砂埃を落として、永犬丸士織に近づくと。

まずは八峡義弥は。彼女の頭に触れて左右に動かす。

目を細めて嬉しそうにする永犬丸士織。

久方ぶりのナデナデは、彼女にとっての至福の瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る