第四十五話〈訓練最中〉
「兄さん」
そわそわと、永犬丸士織が前髪を弄る。
その姿を見て、即座に永犬丸統志郎は理解した。
「我が友かい?」
そう聞くと、永犬丸士織はほのかに頬を赤らめた。
永犬丸士織は永犬丸統志郎の言葉に頷いた。
「うん」
「先輩は、今」
「どうしてるの?」
永犬丸統志郎は歩きながら、グラウンドの方へと指を差す。
「我が友ならば」
「訓練中だよ」
訓練。
八峡義弥が鍛えている。
あの憧れの先輩が、すぐそこに居る。
流行る気持ちを抑え切れず、永犬丸士織は足早くグラウンドへと向かい出す。
グラウンドから声が聞こえてくる。
大勢ではない、が、必死になって声を荒げている。
永犬丸士織は、その声が八峡義弥のものであると分かった。
久しぶりの声だ。嬉しそうな気持ちを持って、グラウンドへと近づき。
そして、永犬丸士織は………嘔吐物を撒き散らす八峡義弥の姿を見た。
「ぐぼぁッ……がはッ!」
すぐ傍には、ウェーブの掛かった長い髪を持つ女性が立っている。
「…………大丈夫?義弥」
その姿は三年生の辺留馨だった。
八峡義弥の腹部に蹴りでも入れたのだろう。
蹲って倒れる八峡義弥を心配しながら、手に握る訓練用の木刀を構えている。
「……八峡ッ」
「早く立てッ」
「相手は止まらないぞッ」
「……辺留、そのまま続けろ」
そう言いだすのは12月に就職したばかりの教師。
金髪の頭に眼鏡。
体調が悪いのか頬骨が浮き出ている。
「………分かりました、先生」
生家出流の言葉に辺留馨は頷いた。
「ちょ、まッ」
辺留馨が八峡義弥の頭部に向けて木刀を振り下ろす。
八峡義弥は寸での所でその木刀を回避、転がりながら立ち上がる。
「は、はッ、かはッ」
口の中に感じる酸の味に咽ながら、涙目になりつつも八峡義弥は構えた。
(……しまったな)
(心象を悪くしてしまったかな?)
八峡義弥がやられている姿を永犬丸士織に見せてしまった事を後悔する。
すぐ隣に居る、永犬丸士織の方に視線を移す。
「………あぁ、流石先輩です」
「確実に絶対絶命だった瞬間である筈なのに即座に態勢を整えて相手の攻撃を回避しつつ、再び臨戦状態にさせるなど、並の人間ならばあの一撃で終了だったでしょう、先輩で無ければあの攻撃を回避する事は至難の筈、回避からの構えは中々出来る事ではありません」
惚れ惚れとする様に饒舌に語り出す永犬丸。
それを見て永犬丸統志郎は早計だったと思った。
(我が妹はすっかり)
(我が友に夢中な様子だ)
(兄ながら、嬉しく思う反面)
(兄離れしたかと思うと)
(少し寂しいね)
そう永犬丸統志郎は、永犬丸士織に対して思うのだった。
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