第三十九話〈忠犬登場〉

永犬丸統志郎だった。

爽やかな笑みを浮かべてた彼は。

八峡義弥の顔を見て一気に顔を曇らせた。


「あぁ……我が友」

「その姿は、なんとも痛ましい」

「すぐに終わらせるから」

「休んでいてくれ」


シャツのボタンを外して。

永犬丸統志郎はシャツを脱ぎながらそう言った。

そのシャツを。八峡義弥の腕に巻き付けて止血を行う。


「……イヌ丸」

「ニクい登場しやがってよ」

「何時出て来ようか様子、伺ってたんだろ?」


そう八峡義弥は軽口を叩く。

永犬丸統志郎はまさか、と首を横に振った。


「傘」

「取って行ったのお前だろ?」


それを言われて、永犬丸統志郎は口を閉ざす。


「気づいてたのかい?」

「いやはや、我が友の見識は素晴らしい」

「感嘆を覚えてしまうよ」


そう。

喫茶店『雨の日の午後』にて八峡義弥の傘が無くなったのは。

永犬丸統志郎がその傘を盗んだ為だった。

恐らくは、自らの妹との関係性を深めようとした行動らしい。


「けれど」

「我が友らが喫茶店から出て行ったとき」

「ボクは既に寮に帰ろうとしていたんだ」

「辛うじて、厭穢の気配を感じたから」

「つい先程、幽世に来た」

「断じて、登場する間を勘繰っていたワケじゃない」


そう釈明を行う永犬丸統志郎。

八峡義弥は、「はっ」と笑い、笑みを浮かべると。


「知ってるよ」

「お前がそんな野郎じゃねぇって事はよ」


信頼している。

信用している。

信愛している。

だからこそ、八峡義弥は永犬丸統志郎を信じている。

その友愛、その親愛を受ける永犬丸統志郎は心地よさそうに目を細めて。


「逃げた方が良い」

「あの厭穢はボクが相手をしよう」


そう永犬丸統志郎は言って、八峡義弥と永犬丸士織を守る為に背を向ける。


「兄、さん」

「兄さん、兄さん、ごめ、ごめんなさい」

「私の、せいで、こんな」

「こんな事に、なって」


涙を流して、そう謝る永犬丸士織。

そんな彼女の姿を見て、永犬丸統志郎は笑みを浮かべて。

優しい表情で、彼女を安堵させようと。


「―――あぁ、まったくその通りだ」


しかし、永犬丸統志郎が慰めの言葉を掛けようとした最中。

そんな彼女を責め立てる様な言葉が響いた。

八峡義弥だ。彼女の謝罪を踏み躙り、冷めた目で彼女を見ている。


「こうなったのも」

「全部、お前が悪いんだ」

「ワン子」


そう、八峡義弥は。

永犬丸士織に対して、はっきりとそう言った。

永犬丸士織は、先程までの、優しかった先輩の姿、その面影を感じる事無く。

八峡義弥を、再び、改めて、恐怖し、恐れを抱く。


(あー……厳しいな)


好かれようとした相手に。

嫌われる様な行動をする事に。

八峡義弥は心を痛みながらも。

最後まで、先輩としての役目を果たそうとする。

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