ヤンデレに愛されて仕方が無い第六十二話



学園の中庭へと逃げる界守。


    


    (逃げるだけなら容易いのですが)


    


象形術式は万能だ。


姿を消す事も場所を移る事も認識を誤魔化す事も可能。


    


しかしそれを行わないのは。


彼女の目の前に、壊れた女が嗤っていた。


携帯電話を見て笑みを浮かべている彼女の姿。


    


    (九重花家のご息女ですか)


    


     「……ふふ」


     


 旅館の女将の様な恰好をしている九重花は、何処か可笑しい。


 彼女の左半身は、苔の生えた木の枝が伸びていた。


 まるで樹木に支配されている様な姿。


不気味さが目立つ。


     


     「八峡さま……ふふふ……」


     


 携帯電話を見つめながら頬を染める九重花。


 携帯電話のボタンを押して画面を眺めている。


     


     (確か、自宅謹慎であった筈)

     (いえ、それはどうでも良い)

     (それ以上に都合が良い所に来てくれました)


    


 界守は八峡のふりをして慌てた様子で九重花に近づく。


 そして彼女の後ろに隠れ込むようにして、接近してくる猿鳴を指さした。


     


     「た、助けてくれっ!」

     「猿鳴が壊れたッ!俺を襲って来やがんだッ!」


     


     (………え?)


     


 ふと界守は九重花の携帯電話の画面を見た。


其処には彼女と八峡が写っている。


 待ち受けではない、画面は暗い。


 というか、電源が付いていない。


     


     (この人、メールをしていたんじゃ………)


     


 九重花が後ろを振り向く。


 光の無い濁った瞳で八峡を見る。


     


     「あぁ……八峡さま」

    「私の送ったメール、ご確認、してくれましたか?」

     「あぁ……メールが、来ましたね……」


     


 そして彼女は電源の切れた携帯電話を操作する。


     


     「……ふふ、八峡さま、愛してる、だなんて」

     「私もです、愛して、ます。愛してます……八峡さま、ふふ……」


     


     (朦朧としている、この人は)


     


八峡はその場から離れようとする。


 しかし八峡の手は彼女から離れる事が出来ない。


 九重花の体に纏う樹木に触れた手が、吸収されつつあった。


     


     「ッ!」


     


     「私、考えたんです、八峡さま」

     「私は、どうすれば、八峡さまが一緒に居てくれるかを」

     「一緒になってしまえば良いんです」


     


    (この女ッ!)


     


 界守が形象術式を使役しようとする。


 だが彼女の神胤が放出する事が出来ない。


 彼女の樹木が、界守の術式を吸収していく。


     


     「大丈夫ですよ、八峡さま」

     「一緒になっても……私たちは、この〈携帯電話〉で繋がってますから」


     


     (なんと言う事……)

    (流石は、陰陽体系を引き継ぐ五家、と言った所でしょうか)


     


 彼女の術式が解ける。


 八峡から界守の姿になるが、吸収は止まらない。


     


     (まさか、この様な終わりなど)

     (この私が、この私がッ、此処で、この様な終わりを迎えるなどッ)

     (だめだ、ダメ、ダメなのですッ!)

     (私の死は、私の最後は、あの人の傍と決まっている)

     (あの悲しき最期の方が、幾らかマシだッ)

    (この様な終わりは………私はッ―――)


     


 そして、界守綴は、この世界では無い物語の結末を思い浮かべながら。


 九重花久遠に吸収された。


     


     「………?」


     


 追い掛けて来た猿鳴は、中庭で揺蕩う九重花を見つける。


 壊れた携帯電話を見て笑みを浮かべる彼女。


 猿鳴は確かに中庭へと逃げた界守を確認したが。


もう既に【魂】は何処にもなかった。


    


    「くえのはな、おんながこなかったか?」


    


猿鳴が九重花に尋ねるが、彼女は答える事無く携帯電話を見ていた。


 そして、猿鳴が探しても、界守が現れる事は無く。


 また、葦北が目覚める事も、無かった。


     


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