ヤンデレに愛されて仕方が無い第五十九話


妖に対して危機察知能力を働かせる八峡は、東院に向けて手を伸ばす。


    


    「悪いな東院、俺は先に行くわ」


    


八峡はそう言うと〈縮地〉を使ってその場から離れる。


    


    「待て貴様ッ」


    


と八峡を追おうとする東院に三体の妖が立ち塞がる。


三体とも、八峡を弱者と認識して捨て置いたらしい。


三対一であれば、東院を斃せると踏んだのだろうが。


    


    「退け珍種ども」

     「俺が通る」


     


 思い上がりも甚だしいと東院は指を構えた。


 そして東院と妖三体との戦闘が始まる。


     


八峡は東院を置いて屋敷の最奥を目指す。


 一本道の廊下を歩き続けて、ようやく扉の前に立つ八峡は、ドアを蹴破り自分を生け捕りにしろと命令した教祖と邂逅する。


     


     「お前が教祖様かぁ?」


     


 八峡が尋ねた。


 椅子に座る奇怪な衣装に身を包んだ老婆が八峡を睨んでいる。


     


     「あのさ、別に呪いを解くとかどうでも良いんで」

     「俺を捕まえようとすんの止めてくんねぇ?」


    


 そう八峡がお願いをすると、老婆は笑みを浮かべた。


 この男は一体何を勘違いしているのだろう、と。


 そう言いたげに、醜く顔を歪ませて八峡を見ている。


     


     「誰がお前なぞ欲しがるか」


     


 老婆はそう言って手に持つ鎖を引っ張る。


 八峡はその老婆の行動を何気なしに見ていたが。


 鎖の引き摺る音と共に、四つん這いで歩く少女の姿を見て目を細めた。


    


     「私が欲しいのはお前の呪いのみ」

     「お前の呪いを取れば、後は用済みよ」


     


 憎たらしく言う。


 老婆は首輪を付けた少女の鎖を引っ張って顔を上げさせた。


     


     「よう見るが良い」

     「あの男の呪いを根こそぎ取るのだ」


     


    「……」


     


 少女は答えない。


 生きる気力を失っていた。


     


     「……」


     


 八峡はその少女の姿を眺める。


 古い布切れを繋ぎ合わせた様な服。


 髪は質の悪い鋏で切った様なざんばらな髪型。


体中は泥に汚れていて、ろくな食べ物も食わせて無いのか、体は痩せこけていた。


     


     「さあ、厭穢を呼べ」

     「あの男を抑える様に命令しろ」


     


 老婆がそう言った。


 少女は震える手を、八峡に向ける。


     


     「た………」

     「たす………けて………」


    


     


 少女は。


 八峡義弥に願う様に言う。


 淡い瞳に涙を浮かべて。


     


 老婆は、そんな少女の命令とは違う行動に怒る。


 そして鎖を引っ張って少女の腹に蹴りを入れた。


     


     「なんだお前、私に逆らうのか?」

    「身寄りのないお前を救ってやったのは何処のどいつだ?」

     「私がお前を救い、そしてこの組織の要として育ててやったんだろうがッ」

     「なのに、その恩人に対して、なんだその願いはッ」

     「私の命令に逆らうんじゃ無い、お前など、力が無ければ価値も無い餓鬼の癖にッ」


     


     「…………あのよォ」


     


 八峡は呟いた。


 老婆にでは無く、少女に向けて。


     


    「なんで俺が見ず知らずの輩を助けなくちゃいけねぇんだよ」

     「俺はそういう誰かに頼られるのとか嫌いなんだよ」

     「だから、そういう願いは知らねぇし、勝手にやってろって」


     


 八峡はそう言って、少女の願いを否定する。


 当然の事だった。だが少女は希望を失う様に涙を流す。


     


     「俺は俺の為だけにやる」

     「誰かの為じゃない。俺の為だけに」


     


八峡の士柄武物を握る手が強くなる。


意識を加速させる。それに従い心拍が上昇。鼓動が脈打つ。


〈縮地〉の準備が完了した。


    


    「だからよぉ」

     「勝手に救ってやるから、勝手に救われてろ」


     


 その言葉だけを残して。


 八峡義弥は、老婆の背後へと回り、首を掻っ捌いた。


     

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