ヤンデレに愛されて仕方が無い第五十七話

その頃。

八峡義弥と東院一は宗教団体〈ぱらいぞ〉内部へと正面から堂々と侵入した。

信者たちが群がり、八峡義弥と東院一を取り囲む。

幾ら集まろうと烏合の衆と言いたげに八峡は笑い。


    「小物にゃ興味ねぇ、退け」


弱者を見下す様に八峡は言う。

彼のその謎の偉さは、隣に東院一と言う最強が居る為だ。

新参者や業界に詳しく無い信者らがその言葉に感化させて侵入者を迎撃する為に突進する。

だがそう言った命知らずの者たちは東院一の減滅術式による物質抹消によって消えていく。


 しかし東院にも心境の変化があるのか、存在そのものを削り去るよりも、信者の四肢の一部だけを削り取ると言う優しさがあった。

 地面に倒れ呻き涙を流す信者の姿。それを見て殺意があった殆どの信者が喪失していく。

 八峡と東院が真正面を歩き出すと人の波が彼らを避けて二つに割れた。


     「はいはい、ご苦労さん」


 八峡はそんな労いの言葉を加えると、そのまま奥へと進んでいく。

 〈ぱらいぞ〉の幹部たちしか入れない場所。

 長い長い廊下を進んで部屋を目指す。


     「帰ったらどうすっかな」


 八峡は今日と言う日が終わったらどうするか考えた。

 別段、八峡の悩みに興味は無い東院であったが。


    「貴様は出家しろ」


 とだけ言っておいた。

 女関係でだらしが無さすぎる。

 見ているだけで不愉快だからいっそのこと女から離れた場所で生活をしろ、と言いたかった。


     「なんだよ、嫉妬してんのか?」


 それを八峡は女に好かれている自分を妬んでいるのだと思った。


    「馬鹿を言うな貴様」

     「このまま行けば刺されると言う話をしたまでだ」


     「んだよ、結局心配してんのかよ」

     

 似合わねぇと笑う八峡、東院は指を伸ばして八峡に減滅術式を放つ。

 八峡の髪の毛が少し削れた、髪の毛に違和感を感じて八峡は東院を睨む。


     「お前、術式使っただろッ!」


    「喋りすぎだ間抜け」


 八峡と東院は一つの扉に突き当たる。

 東院は有無を言わさず扉を蹴り破った。

 部屋の中はとにかく広かった。その部屋で野球が出来ると思える程に広大であり、しかし部屋には人工的な光は無く、壁に蝋燭が火を点しているだけで薄暗く不気味な部屋だった。


     「教祖様よォ、わざわざ出向いてやったんだからよ」

     「顔出せやオイィ!」


 八峡が声を荒げる。

東院は既にこの部屋に誰か居る事を察していた。

 そして無防備な八峡の後ろに人が立つ。


     「あ?」


 其処で気配を察した八峡は後ろを振り向いた。

 長身痩躯。海外で見られる都市伝説スレンダーマンの様なスーツ姿の男。

 腕が床に付きそうな程に細く長い腕を振り上げて八峡に向けて降ろす。

 その初動は八峡でさえも回避出来る程に鈍く、八峡は飛ぶように回避してその攻撃を避けた。

それと同時に東院が術式を発動して細長い男に向けて減滅術式を放つ。

 だがそれが細長い男を削る寸前に細長い男はその場から姿を消した。


     (消えたッ)


     (瞬間移動……いや、これは術式では無いな)

     (しかし厭穢でも無い……なるほど、珍種かこれは)


 八峡は端的な思考で、東院は深く考察をする。

 八峡が床に足を着こうとしたその時。

床が砕けて、其処から白い手が伸びた。


     「お?」


 八峡は直観的にこの手に触れてはならない。

 贄波教師に殺され続けた事で蓄えられた危機察知能力がそう叫んでいた。

 意識を加速させて心拍を上昇、そして〈縮地〉を発動させてその場から離れる。


 白い手は其処から這い出て姿を現す。それは人型だった。

 東院の隣に八峡が現れる。


     「何を遊んでいる、貴様」


 東院の口の悪さを無視して、彼らに攻撃したその姿を確認した。

 スーツ姿の長身痩躯な男。

 全身が白一色に身を包んだ着物姿の男。


 そして笠を被り、両手を包帯で覆う僧侶姿の男。

 三人が其処に居た。

 それは一見にしてみれば人間と思うだろうが。

それは人間では無かった。かと言って厭穢でも無い。 


    「見て見ろ八峡。物珍しい珍種だ」


東院はそう言った。

 八峡は無知ゆえに分からず東院に聞き返す。


     「珍種ってなんだよ」


     「一々説明せねばならんのか、貴様は」


 そう言って東院は口を閉ざす。

 そして深く溜息を吐くと説明した。


     「世界には説明出来ない現象がある」

     「それを観測する人間は、正体不明な存在に恐怖した」

     「だからそれを無理矢理枠に嵌めて現象として認識させる」

     「それが人類の観測によって生まれた仮想生体」

     「またの名を〈あやかし〉だ」


東院一は三人の姿を観測する。

 其処に居る輩は、厭穢でも祓ヰ師でも無い、第三の勢力と言っても良いだろう。


     


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