ヤンデレに愛されて仕方が無い第五十六話


 そして、〈化〉が剥がれる。

 顔を出したのは界守綴。

 自らの身を守る為に象形術式を使い鉄糸を擦り抜ける。

 その場から離れて界守綴は鉄糸が届かない範囲へと逃れた。


     「絡繰機巧無しでこれ程とは」

     「素直に脱帽で御座います」


 笑みを浮かべて優雅に頭を下げる。

 葦北静月はそのメイドを見て首を傾げる。

 出会った事の無い初めての人間。

 だが、この女性が八峡義弥を騙っていた事は事実。


      「八峡は何処?なんで八峡になってたの?」


      「八峡さまの所在は私にもわかりませんね」



      (何故八峡さまになっていたか?)

      (それは当然、間引きの為です)

     (八峡さまに好意を抱くもの)

      (その全てを切り捨てる為に)

      (最終的に彼と私だけで良い)

      (だから、それ以外には、早々に諦めて貰わなければ)

      (可哀そうでしょうに)


  界守は内心そう思いながらそれを口に出す事は無かった。


      (けれど失敗してしまいました)

      (八峡さまのお言葉で夢から覚めて貰えたら良かったのですが)

     (こうなってしまえば仕方がありませんね)

      (直接眠って頂く他、ありませんか)


  界守は指で字を描く。それと同時に走り出す。


      (直行ッ!?)

      (また術式で私の近くに来るつもり?)

      (けどさっきの技は通用しないから)

      (鉄糸を更に張り巡らせるッ)


 鉄糸の数を増やす。

  彼女の居る場所も鉄糸で後ろに立つスペースを削る。

  もう界守綴が裏を取る事は出来ない。


      (裏など取りませんよ)

      (正面堂々と、鉄糸に触れさせてもらいます)


  界守が鉄糸の有効半径に入る。

  葦北が界守の行動を制止させようと鉄糸を一本飛ばす。


     (恐らく、その動く指が術式の発動条件)

      (なら、まずはその指を止める)


  鉄糸が界守の指に絡まる。

  本来、鉄糸の細さならば簡単に指が飛ぶだろうが。

  界守は既に術式を起動していた。

  その術式は、離れている葦北に向かって迸る。

  音速を超える素早さで、葦北静月は焼ける様な痛みが肉体に駆け巡った。


      (象形術式〈雷〉、鉄糸が金属で出来ているのならば)

     (伝達して本体に雷が直撃する事も可能)


  その一撃で、勝敗は決した。

  葦北静月は身体に鉄糸を絡ませる様に倒れる。

  彼女の指から鉄糸が解けると、周囲に張り巡らされた鉄糸も解けた。

  数十秒ほどの痙攣、肉体が麻痺して動かす事が出来ない。

  界守綴は優雅に歩き、そして葦北の前に立つ。


      「命は奪いません」

      「ですが、貴方には二三年程眠っていて貰いましょうか」


  葦北の背中に界守の指が這う。

  象形術式によって、葦北静月を昏睡状態にする算段だった。


      


      


      


    



 28829


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る