ヤンデレに愛されて仕方が無い第五十三話



思川百合千代は八峡を探していた。


ここ数日、打ち上げの頃から八峡と会話所か出会ってすら居なかった。


もう一度八峡に褒められたい一心で、彼女は女性服を着込んで八峡を探す。


    


何時も男装をしていた思川もまた凛々しく気品漂う立ち振る舞いであるが。


現在の乙女らしい彼女は可愛げがあり、何処か艶めかしい。


そんな彼女でも、八峡を発見する事は困難だった。


    


それもその筈、八峡は現在、宗教団体〈ぱらいぞ〉へと殴り込みに言ってる最中。


本来ならば、八峡が学園に居る筈は無いのだが。


    


    「あ、八峡っ!」


     


 思川百合千代が笑みを浮かべて言う。


 八峡と思わしき後姿。名前を呼ばれて振り返る八峡の様なもの。


 そして八峡と呼ばれた男は、何処からどう見ても八峡であった。


     


    「何処言ってたんだよ。ずっと探してたんだぞ」


     


 思川百合千代は笑いながら言うが。


 少し、違和感を覚えた。其処に居る男は八峡である筈なのに。


 何かが違う。思川は不思議がった。


 口を開かず、思川百合千代の姿を一瞥する八峡。


 そして「あぁ」と口を開くと、八峡は彼女に向き合った。


     


     「お前、百合千代か」


     


八峡らしき存在から、八峡の声が聞こえて来る。


 思川百合千代は、違和感を覚えながら八峡として彼に接した。


     


     「う、うん。気が付かなかったかい?」


     


     「あぁ、随分と変わっちまったな」


     


 そう言って八峡は、彼女の服に触れる。


 思川は急に接触して来た八峡に驚きつつも、鼓動を強く打ちながら頬を赤くする。


     


    (どうなんだろう……可愛いって、言ってくれる、かな)

     (言ってくれたら……嬉しいな………)


     


 八峡の第一声を待ちわびる思川。


 口が開かれるがしかし、その言葉は彼女の望んだ言葉では無かった。


     


     「なんか、スッゲー違和感」


     


     「………え?」


     


思川はその言葉を聞くと、間の抜けた声をあげた。


 赤い頬は一瞬で蒼褪める。鼓動は一瞬で止んで体中が冷えていく。


 聞き間違えたと思いたかった。だが八峡は聞き間違えじゃないと彼女に追撃していく。


     


     「ほら、あれだ」

     「お前ずっと、男装してたじゃん?」

     「俺、ずっとお前の事、男だと思ってたからさ」

     「こうしてみりゃ、男が女の服着てる風にしか見えねぇわ」


     


 八峡の顔で。


八峡の声で。


 八峡の様な者は、八峡に似通った事を口走る。


 思川はその場で固まり……そして、乾いた笑いを浮かべながら首を横に振る。


     


     「……うそ」

     「うそ、だよ……だって、八峡、可愛いって……」


     


 あの打ち上げの日を思い出す。


 八峡が思川を褒めたあの日を。


 天にも昇る様な幸福感に包まれたあの瞬間を。


その言葉に八峡は肯定し。


     


     「あー、言ったな。確かに言ったわ」

     「男の中じゃあ、まだ可愛い方だろ」


     


 そう、あの思い出を汚す様に言う。


 思川は後退る。これは夢だと心の内に思う。


 彼女の自信は、今にでも崩壊しそうな程に脆く。


     


     「でも、可愛いよりも、今は面白い、かねぇ」

    「ほら、宴会とかで腹芸するみてぇに、お前の姿スゲェ笑えるわ」


     


 そして、八峡のその言葉で、崩壊した。


 八峡の笑い声は、思川を嘲笑う様に。


 八峡の視線は、今まで感じた事も無い不快感に溢れた瞳に。


 思川はそんな八峡を見て、こんなのが八峡である筈がないと否定する前に。


     


     「うん……知ってた……」


     


 そう言って思川は肯定して、涙を流す。


そのまま、八峡に涙を見せない様に、後ろを振り向いて走り出す。


 恥ずかしさと悲しさを抱いた思川は、このまま消えてしまいたいと思いながらその場から去っていく。


 そんな彼女の後ろ姿を見て。


 八峡は薄ら笑いを浮かべる。


     


     (これで一人、脱落しましたね)


     


 八峡らしき者の正体。


 それは、象形術式で八峡に化けた界守綴だった。


     


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