ヤンデレに愛されて仕方が無い第三話


 意気消沈した八峡。

 その傍で椅子に座る贄波。


「なんだよ……お前まだ居るのかよ」


 と、八峡が悪態を吐く。


「私は貴方が逃げ出さないか監視を預かってるのよ」


 八峡の逃げ癖は良く知っている。

 贄波は検査に来る教師を見届けるまでその場に留まるつもりだ。


「そのまま俺を見とけ、何時逃げ出しても可笑しくねぇぞ」


 と自嘲気味に八峡は嗤った。

 そんな八峡を見て贄波は疑問を口にする。


「そんなに行きたかったの?」


「当たり前だろうが……あぁ、打ち上げ……」


「たかが皆で集まって騒ぐだけでしょうに」

「何が楽しいのやら」


 と、贄波は首を傾げて言った。


「お前も参加すれば分かるっての」

「参加しなきゃ一生分からねぇっての!」


「其処まで断言する事なのかしら……」


 贄波は八峡の圧に圧倒される。


「あぁ、絶対に楽しい、後悔はしないッ」


 些細な疑問に八峡は絶対と断言した。


「なら」

「今度二人きりで打ち上げでもする?」


 と、贄波は言った。

  慰めの言葉の筈なのに。

 それはまるで、八峡を誘ってるかの様な言い様だった。


「あ?」

「俺とお前、二人きりで?」


 八峡が指で自分と贄波を交互に指す。

 微妙な反応に贄波はつい声を荒げた。


「べ、別に!嫌なら良いけれど……」


「良いぞ」


 二つ返事で了承する八峡。


「………え?」


 贄波は本当に?と言いたげな表情をする。


「どうせ、荷物持ちみたいなモンだろ?」

「お前が俺を誘う時、大体そんな理由だからなぁ」


 八峡と贄波が二人で出掛ける事はある。

 だが大抵は贄波の荷物持ちとしてだが。


「そ、そうよ!」

「欲しい物があるから」

「だから、貴方を誘ってあげるの」


 贄波は自分の口を憎んだ。

 慰めたかっただけなのに。

 これでは自分勝手な女だと思われる。


「回りくどい奴だな、お前も」


 事実思われていた。けれど。


「けど実際、落ち込んだ俺を慰める為に言ってくれたんだろ?」

「ありがとな」


 八峡はきちんと理解している。

  ホスト崩れと称される程に顔の良い八峡は。

 贄波璃々に笑みを浮かべて感謝の言葉を捧げた。


「………っ」


 その顔を見て。

 贄波の心臓が、激しく活動する。


(なに、この……鼓動は)

(八峡を見てると……体が、熱い……)


 贄波を苦しめる心臓の鼓動。

 八峡を見る度に高鳴る。


「や、八峡……わ、私」


 そう言って紅潮した表情をする贄波。

 八峡はふと自身のポケットの振動を感知。

 ガラケーを取り出すと開いて確認した。


「あ?なんだ、メールか?」

「………おっ」

「なんだよあいつら……」


 と、八峡は静かに笑う。

  安堵に近い表情を見て、贄波が首を傾げた。


「……どうしたの?」


 聞くと、八峡が空返事で答え、後に言う。


      

「打ち上げ、延期にするだってよ」

「やっぱあいつら、俺が居ないと寂しいんだな」

「仕方ねぇ。今日の検査、嫌々ながらしてやるか」


 そう言ってベッドの上に横になる八峡。

  皆との打ち上げを本当に楽しみにしていたらしい。


「………………」


 贄波は困惑していた。

 ならば贄波との約束はどうなるのだろうと。

 反故になるのか、それとも果たされるのか。

 そんな贄波を見て八峡が言った。


「あン?どしたお嬢」

「顔、赤いぞ」


  指摘されて、更に顔が真っ赤になる贄波。


「な、なんでも無いわよっ!」

「今日は色々と忙しかったのっ」


      

 そう言った直後。

  療養室の扉が開かれる。

 どうやら先生が検査しに来たらしい。


「先生も来た事だし、私はこれで失礼するわ」


      

  慌てる様に贄波が療養室前まで行く。


      

「おぉ、じゃあなお嬢」


      

 そう言って八峡が手を上げた。

  贄波は療養室前で止まり、そして振り向く。


  「………じゃあね、八峡」


 小さく手を振って、頬を朱く染める贄波は出て行った。


      


    


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