ヤンデレに愛されて仕方が無い第二話


 後日。

 八峡義弥は療養室に居た。

 八十枉津学園。若き祓ヰ師達の総本山。


 その地下施設にある療養室。

 部屋の角に一つのベッドが四つ。

 その一つのベッドに八峡が居る。


     


 頭部に巻かれた包帯以外に怪我は無く。

 質の悪い金髪が濁りのある灰髪に変わった事以外。

 八峡義弥は健康に生きていた。

 そんな八峡の姿を見て、腹を抱えて笑う女が居る。


「きひひひっ!八峡、似合ってますよその髪!!」


 奇妙な笑い方をする花天禱。

 髪は肩元、背は低く、余分な肉が無ければ胸も尻も無い。

 容姿は一丁前な美少女でありながら、持ち前の性格でその利点を台無しにしている。

 それが、花天禱だ。良く紫陽花が似合う女とも呼ばれる。


  「……誰か、ハナイノ黙らせろ」


 その笑い声が不愉快に聞こえた為に八峡がそう言った。


「了解した、我が友」


 すぐ傍に居た永犬丸統志郎が花天禱の頭を平手を縦にしたまま花天の頭頂部に叩き付ける。


「イタッ!イタタッ!チョップ止めッ!」


  連続するチョップに花天の笑い声は強制的に止まる。

 そんな二人の姿を見ながら、男装の麗人が八峡を心配する。


「けど大丈夫なの?呪いを掛けられたらしいけど」


 花天禱とは天と地の差がある程の胸を持ちながら、その利点を物理的に潰している思川百合千代。

  学生ズボンにシャツとノースリーブのセーターと言った服装の彼女だが中性的な顔立ちでは無い為にコスプレにしか見えなかった。

 八峡は永犬丸が持ってきたおみやげの林檎を齧りながら寝転ぶ。


「なんか呪いの影響で臨核の機能が停止してんだよ」


 と呑気に言うが、祓ヰ師にとっては死活問題だった。


「それってつまり、術式が使えないってこと?」


「ぷ、くく、なんと言うか……災難すねぇ」


 花天禱は他人の不幸は蜜の味を好む、性格の悪い女だった。


「あぁ。これに関しちゃあ、正直参るわ」


  林檎を齧りながら八峡は困った様に言う。

 それは彼が術式を使えなくなった事で起こる被害の想定だった。


「キッツイ訓練も暫く休止だし、命懸けの任務もしなくて良い……」


 自分で言っておいて、八峡はふと気づく。


「……あれ?全然参らなくね?」


 辛い事も苦しい事も怖い事も痛い事もしなくて良い。

 それはつまり、八峡は思わぬ休息が与えられた、と言う事。


「参らない……参らねえよなぁ!!」


 テンションが上がって来る。林檎を芯ごと噛み砕いて飲み込む。

 両手を挙げて勝利したと言いたげに雄叫びをあげた。


「ひゃっはぁ!休みじゃ休みじゃぁ!!」


 そんな八峡の姿を見て、思川は言う。


「豹変しすぎじゃないかい?」


 その言葉に噛み付く様に八峡が声を荒げる。


「当たり前だろッ!ここ数週間、立て続けに任務と訓練で休みなしッ」

「任務で死ぬ思いはするわ、訓練で死に続けるわッ」


 主に贄波教師の理不尽な戦闘訓練だった。


「身も心もボロッボロのボロッ!もう動きたくもねぇ!!」

「この療養と言う休みの合間に、遊びまくるぜぇ!!」


「いや体を休めなさいよ」


  花天が珍しく突っ込んだ。

  そんな調子付いた八峡を見て、思川は呆れた様子で言う。


「じゃあ八峡。今日の打ち上げには来ないの?」


「は?行くに決まってんだろ?」


  打ち上げとは厭穢を祓った者たちで何処か飯を食いに行く締めの様なものだ。

 基本的にその様な決まりは無いが、八峡の代でその様な行動が増えていた。


「任務の終わり、その締めは打ち上げに決まってんだろうがッ!」

「打ち上げを終わらすまでが任務だっての!」


 そう言った。

 打ち上げは他の祓ヰ師と合同で行う。

 八峡と永犬丸、それと花天と思川の四人で行う手筈だ。


 東院はその様な茶地な会には参加したくないらしく、不在で通っている。

 八峡がはりきっている最中。

 療養室へと入って来る女性の姿があった。


「待ちなさい」


 八峡を制止する声が響く。

  誰も彼もその顔を見詰めた。


「あ?なんだよお嬢」


 お嬢、そう呼ばれた女性は贄波璃々だった。

 黒髪は腰元まで長く、ハーフアップした後ろ髪を藍色のリボンで止めている。

  瞳は琥珀の色。スレンダーな体には女性らしい胸部の隆起があった。

 彼女は八峡を睨み付けて言う。


「今日は外出禁止だから」


 それを聞いた八峡は困惑した様子で言う。


「はァ!?なんでだよ!」


 その問いに贄波はこう答えた。


「なんでもなにも。貴方の呪いが特殊だからよ」

「前例の無い呪いだから、調べる必要があるみたいよ」

「だから、今日は療養室から出られないと思いなさい」


 そう言われて八峡以外の人間が納得した。

 八峡だけが絶望に浸る表情を浮かべている。


「なッ…マジ?」


 それを見て花天は憎たらしい笑みを浮かべていた。

 永犬丸は残念だと言いたげに悲しそうな表情をしている。

 思川は当然だろうと言った感じで八峡を見詰めていた。

 そして贄波は呆れた表情で八峡を見ていた。


「大真面目。さっ、みんな。面会は終了よ」


 そう言って他の生徒らの退出を急かす。

 三人は八峡に別れを告げると早々に帰る準備をした。


「ちょ、待てよッ!打ち上げ俺抜きですんのかよ!」


 八峡は泣きそうな表情をしていた。

 打ち上げの為に生きているといっても過言ではない。


「我慢しなさい」


 無慈悲な贄波はそう言って八峡の楽しみを伐採した。


「そんなァ!待てよォ!」


 八峡の悲しみに溢れた声が。

 療養室から出て行った三人の祓ヰ師の耳元まで聞こえる。

 それでも彼の為と思い、誰もが八峡の声を無視して、その場から去るのだった。


      


      


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