狂姫厭魅編

ヤンデレに愛されて仕方が無い第一話


 三人の男が居た。

 白髪で狩衣姿の男。

 黒髪で上半身裸の男。

 金髪で学ランの男。


 その中で一番背丈の低い白髪の男、東院一が口を開く。


「まさかこの面子とはな」


 と、残りの二人を見上げる様に言った。


「永犬丸はともかく」


 と一番背丈の高い美丈夫を見て言い。


「貴様と同行か、八峡」


 そう言って、東院よりも十七センチ高い伊達男を睨んで言う。

 悪意が込められた発言に、八峡義弥は東院に近づいて睨み付ける。


「あ?なんだお前、八峡さん差別か?」

「全国の八峡さんに謝れやオラ」


      


 と妙なイチャモンを付けてメンチを切った。

 それに応える様に、東院一も顔面を近づけて目を細める。

 仲の悪い二人に割って入る様に。

 永犬丸統志郎が彼らの顔の前に手を出して制する。


「まあまあ、落ち着きたまえ我が友よ」


  芝居掛かった口調で、永犬丸はにこやかに喧嘩を止める。


「虚空の愛し子も、その程度で我が友を挑発するな」


 東院一の事を虚空の愛し子と呼び。

 八峡義弥を我が友と呼ぶ。

 先に喧嘩を止めたのは東院だった。

  顔を遠ざけて両腕を組む。


「ふん、此奴が弱いのは事実だろうが」


 しかしその悪口が止まる事は無い。


「はい、八峡さん差別」


 そう言って八峡は掌を差し出した。

 罰金、とでも言いたげに。

 無論、東院は金を払う所か更に口を悪くして、


「貴様その気持ち悪い用語を連呼するな気持ち悪い」


  二度も気持ち悪いと言う。


「あ?また八峡さん差別かお前」

「……ま、別に良いけどよ」


  東院の発言に一々癪に障るのも飽きたのか。

 八峡はそう言って東院との会話を平和的に終了させた。


「どうした我が友、普段ならば喧嘩が始まる所だろうに」


  それに驚く永犬丸。

  その表情に調子付いて、こめかみを指先で突く。


「この程度で喧嘩なんざ、低レベルよ低レベル」

「ほうほう。我が友、何か自信がある様子だ」

「単に自惚れてるだけだ間抜けめ」


 最早東院の暴言など気にならない。

 何故ならば八峡は調子に乗る程の強さを手に入れていた。


「こう見えて、俺結構強くなったからよ」


 その発言に東院は噛み付く。


「嘘を吐け、貴様昨日も贄波教師に殺されたでは無いか」


 殺された。

 これは比喩では無い。

 実際に八峡は贄波教師に殺された。

 殺されたが、生きている。

 八峡は決して死ぬことの出来ない契約を結ばれていた。


「殺され続けた結果、新技が出来たとすればどうする?」


 意味ありげに八峡が口元を引いて薄ら笑いを作る。

 その表情を見て、永犬丸が驚嘆した。


「まさか、我が友……」

「あの狂人から盗んだと言うのかっ!?」


「あぁそうさ。殺され続けてやっと掴んだぜ」

  

 何ら術式を持たぬ八峡にとって、それは快挙だ。

 尤も彼が体得したのは術式では無く体術に属するのだが。


「ほう。一年間も無能だった貴様でもやれば出来るでは無いか」


 東院が言う。

 決して褒めてない。皮肉だった。


「ケッ」

「上から目線のお褒めどーもよ」

「だがな」

「もうそんな高慢な台詞はもう吐かせねぇ」

「背中には気を付けなチビ助!」


  そう言い、八峡は東院に中指を突き立てる。


「貴様が技を習得した所で俺に敵うとは思えないがな」

  

 と。東院は余裕の表情を浮かべた。

  この三人の中で圧倒的実力があるとすれば、それは間違いなく東院だった。


「しかし我が友よ、成長したとは言え慢心はしない方が良い」

  

 永犬丸が忠告する。

 調子に乗っている八峡を死なせないと言う彼の優しさが見えた。


「大丈夫だ、その辺は抜かりねぇ」

  

 八峡はそう言った。

  決して油断も慢心もしていない。

 あるのは自信だけだった。


「さあ、仕事だ。行こうぜ野郎共」

  

 任務が始まる。


「俺の背中はお前らに任せる」

  

 八峡は懐から二振りのナイフを取り出す。


「だから、お前らの背中は俺に任せろ」

  

 そう言い放ち、八峡たちは戦闘態勢に入った。


「貴様に任せたら刺されるだろうが、阿呆め」


 東院が突っ込んだ。

 封鎖されたトンネルがある。

 数々のドライバーを不慮の事故として陥れた厭穢が宿る地。

  彼ら三人は、その厭穢を祓う祓ヰ師として任務に就いていた。

 三人が穢れを発見し、祓ヰ師としての職務を全うした結果。


「ぐばぁッ!!」


 八峡が厭穢の攻撃を受けて吹き飛ぶ。

 白い波動を体術で捌いた後、別の白い波動で八峡に当たったのだ。

 八峡は壁に叩き付けられたが、その一瞬を突いて東院が術式で厭穢を祓う。

 厭穢は消滅し、残されたのは瀕死の八峡だけだった。


「我が友ォー!」


 永犬丸が叫ぶ。

 八峡の元に駆け寄り。

 その力の無い体を抱き留めた。


「阿呆か彼奴は……」

  

 恐らく油断していたのだろう。

 慢心をしていたのだろう。

 そういう男だった。八峡義弥は。


「だ、大丈夫か、我が友……」


 永犬丸が八峡を揺さぶる。

  咳き込みながら八峡が目を開く。


「ぐ……ふっ……」


  何か喋ろうと口を動かしている。

  掠れた声で、八峡が永犬丸に何かを伝えようとしていた。


「お、俺が死んだら……」

「ベッドの下に隠してるエロ本……お前に、や……る……ぐふっ」


  その言葉を最後に。

  八峡は深い眠りに就いた。


「わ、我が友ーッ!」


 永犬丸の絶叫が木霊する。

 東院はそんな二人の姿を見て一言。


「それが最後の遺言とは滑稽な」


 と、気絶した八峡の顔を見た。

 何故か彼の安物の染髪剤で染めた様な髪は、灰色に変わりつつあった。


      


  

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