金髪と厭穢と腕の犠牲

〈縮地〉。

 距離を詰める技術。

 突き詰めれば視界下内の場所へ秒を跨ぐ事無く移動する武芸者の一芸。

 これは決して神胤や臨核が関係するものではない。

 神胤が人類が生み出した技術であるのならば。

〈縮地〉に該当する技量の域、禪域は。

 まさしく技術を極める事で到達出来る努力者の為の力。


 禪域とは祈りの境地。

 希い続ける事で、個人は世界が記録する知識の渦へと向かう。

 其処から己が願いに該当する技量・知識を盗み取る事で、意識が戻ると同時にその知識を発露する事が出来た。


〈縮地〉はつまり、人間の活動する上で必要な心臓の鼓動数によって移動距離を定める、そして意識を指定した空間に対して強く念じると、世界は一時的にその念じた場所に対象者が居ると誤認してしまう、すると世界は対象者を元の位置に戻そうと、念じた場所に対象者が居ると設定し直すのだ。


 世界が誤認してしまうバグを利用する、それが〈縮地〉の正体である。

 八峡義弥はこの能力を、贄波阿羅教師の技量を目で盗んで体得した。


「しっ!」


 八峡義弥は左腕で握り締める士柄武物を厭穢に向けて振るう。

 刃物が甲殻を滑る。厭穢の甲殻は微かな傷が刻まれただけで生身にダメージは無い。


(クソがッ)

(俺ん士柄武物が利かねぇ)

(つか)

(さっさと降りて来いや!)


 八峡義弥は上空に居る東院に恨みを覚えながらそう念じる。


(どうしてこうなってんだ)

(俺ァ今頃)

(コンビニでも言って)

(カップラーメン食ってた筈だろうが)

(あぁ……チクショウ)


 八峡義弥はふとそう思いを過らせた。

 明らかに集中力が切れていた。

 視線が一瞬途切れる。

 それを見越す様に厭穢が八峡義弥に向けて蹴りを放つ。


「トロいんだよ」

「ボケが」


 八峡義弥はそう暴言を吐いた。

 意識を加速させる。心臓が鼓動を刻みだす。

 しかし縮地は行わない。

 ただ意識を加速させるだけ。

 それだけで周囲は停滞していく。

 周囲が遅くなったわけではなく。

 八峡義弥の意識が超高速で思考している。


(蹴りン位置)

(前よりも少し遅い)

(牽制か)

(軽いジャブな感じか)

(本命はもう片方)

(左足の蹴りか)

(俺が避けると見越したか?)

(はッ)

(蟲如きがよォ!)

(俺を掌握したつもりかボケがよォ!!)


 八峡義弥は士柄武物を握り締めながら。

 脊髄に寄生する臨核を起動。

 神胤を多量分泌させると、そのまま洞孔を掛け巡らせる。

 そして左腕の穴径へと放出させると同時。

 意識を解く。通常の速度に戻る。

 厭穢の蹴りが八峡義弥に迫る。

 八峡義弥はその一撃を士柄武物でいなす。

 目論み通りその一撃は軽い。

 即座に厭穢が第二波として左足を振り上げる。

 それに合わせる様に八峡義弥は前進。

 左腕より術式を放つ。


(無差別術式ッ)

(―――〈火零ひこぼし〉ッ)


 左手に感じる違和感。

 八峡義弥の腕は燃えていた。

 構わず、八峡義弥はその炎が燃える腕を。

 厭穢に向けて放った。







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