夜と買い出しと出会い
八峡義弥は目覚める。
未だ慣れない部屋の天井が其処にあった。
八峡義弥は体を起こして顔を上げる。
辺りは暗かった。もう夜中だと八峡義弥は理解する。
「……あ」
そう言えば、と八峡義弥は呟く。
夕飯を喰らうのを忘れていた。
今日は確か祝子川夜々の得意な海鮮カレーの筈だが、食べそびれてしまったらしい。
「……たまんねぇな」
そう言いながら八峡義弥は体を動かす。
この時間帯、祝子川夜々は朝の為に眠っている筈だ。
このまま八峡義弥はどうするか考える。
小腹は空いている。祝子川夜々を起こせば、海鮮カレーをまた温め直してくれるだろうが、それは八峡義弥の良心が痛んだ。
だから八峡義弥は今日は食堂で料理を食べるのは諦める。
「はぁ」
「何処か」
「飯でも食いに行くか」
それか、コンビニにへと赴いていくか。
八峡義弥は考える。
考えた上で出した答えは。
(あまり)
(遠くに行く気もねぇし)
(近くのコンビニでなんか買うか)
そう言うワケで、八峡義弥は晒しとなった数少ない万札を握り締めるのだった。
部屋へと出て廊下を歩く。階段を降りてあさがお寮から出ると、そのまま校舎を回る様に歩いて学園敷地外から出て行こうとする。
そんな最中であった。
学園の出口……校門前、警備員が待機しているその場所には、黒塗りの高級車がエンジンをふかせて待機している。
どうやら、学園の誰かが今夜仕事へと赴く様子だった。
八峡義弥は誰が仕事に行くのか、興味は無かったが校門前から出て行かなければならない為、その顔は嫌でも合わせる様になる。
(誰だ)
そう考えながら校門前に近づく。
見たことのある小さな背丈が見えた。
白の狩衣に、前髪ぱっつんのおかっぱ頭。
しかしうなじ辺りで切り整ってる感じではない。
少なくとも後ろ髪は長く肩甲骨辺りを覆い隠す長さだった。
「……」
まだ遠く、しかも夜の為に視界は悪い。
だと言うのに、その女性は八峡義弥を察知した。
そして、八峡義弥に顔を向けると同時、予期出来ない術式の波動を感じると。
「ッ」
八峡義弥は咄嗟に懐に手を伸ばして屈む。
八峡義弥が懐の士柄武物を取り出す前に、女は即座に八峡義弥に接近すると、細い手が八峡義弥の喉元に食らいついた。
「ぐぇッ」
ぐ、ぐぐ、と、細身の腕が八峡義弥の首の骨を折ろうとしている。
微かに感じる神胤の流れ、血脈よりも静寂に洞孔を循環する神胤を、八峡義弥は首から察した。
ぐい、と女の顔が八峡義弥を近づける。
女の目は紅かった。朝日より濃く、血よりも深い、深紅の瞳だ。
だがそこに光はない。まるで意志のない人形の様な冷酷さを感じた。
(がッま、さか)
八峡義弥はその背丈、その瞳に対して何かしらの予感を得る。
そして、その瞳より上にある太眉……もとい、そのマロ眉が、その人物が何者なのかを表していた。
「……不思議よな」
「その波動、八峡か?」
「ふ、はは」
「貴様、性転換でもしたのか」
「煩わしいぞ」
理不尽な物言い。
それで八峡義弥は確信した。
それが誰であるのかを。
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