龍殺しと龍姫と汗だく

 八峡義弥は戸惑う。

 あの辰喰蔵人が八峡義弥を抱き締めているのだから。


「………」


 取り敢えず八峡義弥は辰喰蔵人の頭を撫でてみる。

 すると辰喰蔵人は顔を上げて八峡の顔を睨むと牙を剥いた。


「勝手に触るな貴様ッ」


 うがぁ、と唸る辰喰蔵人。

 八峡義弥はどうすりゃ良いのか分からない感じだった。

 数十秒程辰喰蔵人が抱き締めた後、堪能したのか体を離してくる。


「……」

「もう用は済んだ」

「帰るが良い」


 と、上から目線で言って来る辰喰蔵人。

 八峡義弥は頷いて扉に手を掛ける。


「じゃあ」

「またな」


 そう言って八峡義弥が後ろを振り返った。

 辰喰蔵人は頷くと。


「………またな」


 と、含む様に言って八峡義弥を玄関の先まで見送った。

 八峡義弥が屋敷から出て行って、辰喰家の敷地から出て行くまで。

 辰喰蔵人は八峡義弥の後ろ姿を見詰めている。


 そして、八峡義弥が消えた後。

 辰喰蔵人はか細い息を吐いて客室に置いた水羊羹の容器を片していく。

 そして客室を軽く掃除した後、辰喰蔵人は廊下を歩き、別の部屋へと向かった。


 部屋に入ると其処は暗かった。

 けれど誰かが居る気配がした。

 辰喰蔵人は部屋の中に入っていき、そして敷かれた布団の上に眠る彼女に顔を向ける。


「姉さん」


 と、辰喰蔵人は言った。

 その声に反応して、彼女の姉、辰喰黒姫が目を開いた。


「あら……くーろん」

「はぁ……は……んんっ」

「どうしたの?」


 彼女は汗を掻いていた。

 体調が頗る悪く、寝巻がびっしょりと濡れている。


「体調が悪そうですね」

「今、汗を拭きます」


 そう言って辰喰蔵人が立ち上がろうとすると。

 辰喰黒姫は辰喰蔵人の手首を握って引き寄せる。

 そして彼女を力が無いままに抱き締めると。


「ん、不思議なにおい」

「くーろん、男の人と居たの?」


 と、黒姫は匂いだけで言い当てた。

 辰喰蔵人は姉の体を支えて、汗に服を濡らしながら強張る。


「……」


「ふふ、そう狼狽えないで……」

「いいの、別に、貴方は」

「私に付きっ切りじゃなくても……」

「普通の女の子として生きてくれるのなら」


 黒姫はそう言った。


「……私は」

「家の役目を」

「姉さんを………」


「大丈夫」

「貴方はそんな事」

「心配しなくても良いの」

「私の為に貴方の時間を費やさなくても……」


 其処まで言って。

 辰喰黒姫は笑う。


「なんて」

「命乞いなんかに聞こえちゃったかしら?」


 その言葉に辰喰は少しだけ笑みを零して。


「汗」

「拭きますよ」


 と、そう言って。

 辰喰蔵人は黒姫の傍から離れていくと。

 そのまま、自らの服を脱ぎ捨てて。

 新しい服に変えて、布巾と水を張った桶を持って彼女の元に行くのだった。

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