金髪と龍殺しとお茶菓子

「おい」


 扉の先から声が聞こえた。

 八峡義弥は扉の方へと顔を向ける。


「あ?」

「どした?」


 と八峡義弥は聞く。

 辰喰蔵人は少し黙って、はぁ、と溜息を吐いた。


「察しが悪い奴め」

「私は今両手が塞がってるんだ」

「扉を開けろ」


 と命令をする。

 八峡義弥はあぁ、と頷いた。


「仮にも客だろうが」

「お客様の手を煩わせてんじゃねぇよ……」


 そう言いながら扉を開けると。

 辰喰蔵人が茶菓子と湯飲みと急須を置いた盆を持っている。

 そして八峡義弥は目を丸くした。


 彼女の服装は、メイド服では無かった。

 黒のセーターを着込む彼女は、八峡義弥が今まで見た事のない姿で新鮮だった。


「うお」


 八峡義弥は声を出す。

 基本的にメイド姿な辰喰蔵人。

 メイド姿な蔵人はそれだけで可愛いが。

 それはメイド服に着られていたからだと思っていた。

 しかし、メイド服を無くした今。

 素体としての辰喰蔵人が其処にある。

 彼女の素の姿を見て、八峡義弥は改めて辰喰蔵人の端麗さに目を丸くしたのだった。


「なんだ」

「素っ頓狂な声を上げて」


 と、辰喰蔵人がテーブルの上に盆を置く。

 そして一息間を入れて、そのまま座布団に座った。


「ほら」

「来客用の高い水羊羹だ」

「有難く食うと良い」


「あ?」

「いや俺餡子嫌いなんだけど」


 と、八峡義弥は彼女の持て成しに対してそう言った。


「貴様」

「……まあいい」

「貴様はそう言う人間だったな」

「それにしても」

「もう少し良識を持て」


「嫌いなモンを好きって言う事が良識か?」

「嫌いなモンを嫌いと言えない方が俺は嫌だね」


「……なら何が良い」

「洋菓子か?」


 と、辰喰蔵人は八峡義弥の好みに合わせようとしていた。

 八峡義弥は座布団に座ると。


「いんや」

「コレで良いさ」


「……水羊羹は嫌いだと」

「先程言っただろうが」


 八峡義弥の言葉に対して矛盾を感じる辰喰蔵人。


「餡子が嫌いなだけだって」

「何事も食わず嫌いは良くねぇだろ?」

「それに、お前が用意してくれたしな」

「だから有難く頂くぜ」


 そう言って八峡義弥はまず茶を啜り、そして持って来た水羊羹を食べ出す。


「………あー」

「まあ、食えなくは……うん」

「ねぇ、けどさ……」

(甘ったりぃなこれ……)


 と八峡義弥は口一杯に水羊羹を掻き込んで茶で流し込んだ。


「良い喰いっぷりだ」

「それ」

「私の分もやろう」


 そう言って辰喰蔵人が八峡義弥に水羊羹を渡す。


「……んぐッ」

「あー……いや、」

「良いよ別に」

「お前が持って来たんだから」

「お前が食えよ」


「私はコレが苦手だ」


「はぁ!?」

「お前、苦手ってそれ」


 ならば何故水羊羹を持って来たのか。


「ふん」

「基本的に和菓子だけが消費され難いからな」

「だからお前に食わせた」


「在庫処分かよ」

「よく苦手なもんを客様おれに出したな」


 ふ、と笑う辰喰蔵人。


「苦手など言うつもりはなかった」

「が、お前が言った事だ」

「〈嫌いなモンを嫌いと言えない方が俺は嫌だね〉、と」

「お前の意見に賛成した」

「だから正直に答えたまでだ」


 八峡義弥は黙った。

 まさかここで自分の台詞を返されるとは思わなかった。




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