第二十四話 約束
八峡義弥が入院した次の日。
八峡義弥は医療施設から退院し、約束の荷物持ちの日になる。
現地集合であり、人が賑わう広場に三人は集まる事になっている。
集合予定は朝の十時。贄波璃々は一時間前に到着し、九時半に思川百合千代が出会う。
そして十時ギリギリに葦北静月が到着した。
「ギリギリッ!」
「セーフッ!!」
葦北静月はそう言いながら髪の毛を手で梳かす。
朝が弱い葦北静月。
約束の時間に起きようと考えると緊張して眠れないタイプだった。
「もう」
「別に遅れても構わないけれど」
「身嗜みくらい」
「キチンとしたらどうなのかしら?」
「……はあ」
「仕方が無いわね」
「ねえ、界守」
そう贄波璃々が付き人である界守綴を呼んだ。
「はいお嬢様」
「どうぞ」
そう言って贄波璃々に向けて渡したのは首輪だった。
「ほら」
「こっち来て」
「え?」
「えぇと、璃々ちゃん?」
「私」
「そういう趣味は……」
葦北静月は贄波璃々の持つそれを見て引きながら言う。
贄波璃々は何故引いているのか分からず、自らの手に持つそれを確認すると。
「……」
「界守っ!」
顔を赤く染めて、界守綴に対して怒声を響かせる贄波。
界守綴は彼女の表情を見て楽しそうに笑みを浮かべると。
「失礼しました」
「そちらは私の」
「私物に御座います」
「お望みのものは」
「こちらに」
と、界守綴は櫛を取り出して贄波璃々に渡す。
それを引っ手繰る様に取ると、贄波璃々は首輪を界守に投げ付ける。
「もうっ!」
「ほらっ!こっちに来なさい!」
葦北静月が贄波璃々に近づいて、櫛を使って彼女の髪を梳かしていく。
「座った方が良いんじゃないかな?」
思川百合千代は言って、広場に設置されたベンチを指差す。
髪を梳かしながら葦北静月がベンチに座って、贄波璃々が髪を梳かしていく。
「あはは」
「ごめんね?璃々ちゃん」
葦北静月はそう苦々しく笑いながら言う。
「別に」
「これくらい」
「謝る程でも無いわ」
「あれ?」
「そう言えば」
「八峡は?」
思川百合千代は周囲を確認しながら言った。
八峡義弥を荷物持ちとして扱う筈だったのだが。
その場に居ないと言う事は不参加、と言う事なのだろうか。
「てっきり」
「静月と」
「一緒に来ると思ったんだけど」
葦北静月と八峡義弥は同じ〈あさがお寮〉の寮生だ。
因みに思川百合千代は近くのマンションを借りており、贄波璃々は実家住まいだった。
「え?」
「あー」
「八峡来てないの?」
「朝バタバタしてたから」
「其処まで意識を向けて無かったなぁ」
櫛で髪を解かれて気持ち良さそうにする葦北静月。
「まったく」
「荷物持ちが遅刻なんて」
「どういった了見なのかしら」
「界守」
「電話でもして頂戴な」
そう言って界守綴に命令をする贄波璃々。
了承をすると界守綴は携帯電話を取り出した。
そして、番号に登録されている八峡義弥のアドレスを選択。
コールボタンを押して携帯電話を耳に傾けた。
「………」
「………」
「もしもし、雌奴隷です」
界守綴は開口一番、ツッコミ所満載な事を口にする。
彼女は下ネタが大好きなエロメイドだった。
その存在は贄波璃々どころか身内の弟にでさえ迷惑を掛けている。
「はい、はい」
「そうですか、それでは」
「おほん……」
「あん、あん、あん」
「あぁ、そこがいいの、もっと、もっと」
「何をしているの?」
急に喘ぎ出す界守綴に贄波璃々は褪めた表情で言う。
「はあ」
「俗に言う」
「テレホンエッチです」
「声だけで興奮する」
「そういう趣向の方向けの」
「お遊びですが?」
「意味を説明しろと言ってないのだけれど?」
贄波璃々が聞きたかったのは行動であった。
何故そんな真似をしているのかを聞きたかったのである。
「八峡さまが」
「『そんな言葉じゃ興奮しないよ!』」
「と申されたので」
「女の意地として」
「喘ぎました」
「そんな維持より」
「女としての尊厳を守りなさいな」
「もう……貸して」
「貴方が喋ると話が進まないわ」
無理やり携帯電話を奪う贄波璃々。
「どうぞ」
「バイブ設定は強にしてます」
「今日一番どうでも良い情報ね」
「もしもし?八峡?貴方、いま……」
『やあお嬢』
『すまないね』
『すぐに行くからさ』
「……誰?」
口調が違う。
声色は八峡義弥だが、何か、違和感を感じている。
『ハッハッハ』
『誰って冗談が上手いね』
『俺だよ』
『八峡義弥さ』
「私の知る八峡義弥は」
「そんな高笑いしないわ」
贄波璃々は八峡義弥の笑い方を思い浮かべる。
『クケケ』
『ギヒヒヒ』
『ヒャーッハッハッハァ!!』
主人公が笑う様な笑い方ではない。
主に悪役、それも雑魚キャラが笑う様な笑い方だった。
『なに』
『昨日までの八峡さんは死んだのさ』
『これからは』
『NEWYAKAIYOSHIYAでお送りす―――』
そこで電話を切った。
可笑しい、明らかにおかしい。
「八峡と繋がった?」
葦北静月がそう言った。
「……顔色が良くないけど」
「大丈夫かい?」
思川百合千代が心配してそう聞いてくる。
「……」
「いえ、なんでもないわ」
「少なくとも」
「昨日までの八峡義弥は」
「死んだと思って良いみたい」
「えぇ!?」
「八峡に何が……?」
贄波璃々の簡易的な説明に驚きを隠せない二人。
「やあ」
「みんな!」
そして、八峡義弥の声が聞こえる。
しかし、何処か違和感を感じる。
三人は振り向いた、其処には、八峡義弥が居た。
居たが、その八峡義弥は何処か変な感覚がある。
まるで本物と偽物の様に。今、其処に立つ八峡義弥はパチモン感があった。
「みんなの八峡さんが来たよ!」
「今日は荷物持ちとして頑張るから!」
「みんな、よろしくね!!」
キラッ、とウインクをする八峡義弥。
まるでアイドルの様な輝かしさがあった。
その時点で、三人は八峡義弥の違和感に気が付く。
(目が濁ってない)
(性的な視線を感じない)
(邪気を感じない)
そう。
この八峡義弥は、元来八峡義弥が持つ強欲さが微塵も感じ得ない。
性欲の塊である筈の八峡義弥に、それが無い。
純粋、清潔、紳士。それらの言葉が似合うイケメンだ。
さながら、国民的アイドルの様なオーラを醸し出している。
それが違和感の原因だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます