第二十一話 遠賀

 時は遡る。

 遠賀秀翼が已祟を攻撃。

 その後に、再起不能にまで追い詰めた所だった。

 遠賀秀翼は、トドメの一撃を刺さずに、已祟に選択を下していた。


「選べ」

死か生かデッド・オア・ライフ?」


 それはこの幽世を作り上げた已祟に対してであった。

 その已祟は火葬場から生まれた怨霊だった。

 多くの遺体を燃やし続けた事で、その行為が怨霊に本能を与えた。

 その結果、怨霊は火を司る已祟となった。


 人が死ぬ度に遺体が運ばれ、其処から幽霊が生まれて、それを喰らう。

 それを何度も何度も繰り返す内に、幽霊から怨霊、怨霊から已祟と化したのだ。


 その肉体は肥大化していた。多くの幽霊を喰らい生気を吸い尽くした事で、その燃え盛る頭部は遠賀秀翼の身長と同じ程になり、頭部を比較する様にその肉体も大きくなっている。


 単純な火力ならばこの已祟は強い。

 しかし、けれど、それだけでは遠賀秀翼に届く事は無かった。


「已祟三体」

「奥の手を使うまでも無かった」

「このまま祓う事も容易だが」

「選ばせてやる」


 遠賀秀翼は胸ポケットに入れたジッポライターを取り出した。


「俺の術式があれば」

「このジッポライターを媒介に」

「お前を活かしてやる」

「俺に従え」

「俺に傅け」

「お前に権利は無い」

「あるのは慈悲と言う生だけだ」

「それでも良いのならば」

「調伏してやる」


 そう言って、遠賀秀翼は已祟に選択肢を与える。

 已祟の返答は早かった。

 遠賀秀翼に向けて手を伸ばす。

 その体を包み込める程の大きな掌。

 最後の抵抗として遠賀秀翼を握り締めるかと思えば、違う。

 人差し指を遠賀秀翼の握るジッポライターに触れる。

 それは、屈服の証明だった。


「OK」

「今からお前は」

「俺のものだ」

「俺が命じれば」

「お前はその命じた通りに動き」

「俺が死ねと言えば」

「お前はその言葉通りに死ね」

「それが契約」

「お前に決定権は無い」

「滅ぼされるまで」

「殺されるまで」

「餌になるまで」

「使ってやる」

「有難く思え」


 その言葉を紡ぎ終わると遠賀秀翼は胸ポケットから紙箱を取り出し、其処から煙草を一本銜える。

 そしてジッポライターの蓋を開けると。


「……火を寄越せ」


 と、最初の命令を下し、過少なる神胤を注入する。

 すると、ジッポライターは勝手に回り、火が灯り出す。


「……ハァ」

「まあまあだな」

「が」

「これで終わりだ」


 遠賀秀翼は周囲を見渡す。

 遠賀秀翼が已祟を調伏した為に、幽世は核を失い、空間を維持するのが難しくなる。


「さて……戻るとするか」


 遠賀秀翼はそう言って戻ろうとした最中。


「………誰だお前」


 そう遠賀秀翼は言った。

 已祟が居た空間は広場であり、この広場に向かう為には一本の通路を渡らなければならない。

 その通路の先に、覗き込む様に、人影があったのだ。


「祓ヰ師では無さそうだな」


 遠賀秀翼は紫煙を吐きながら言う。

 その人影は、ゆっくりと広場へと入ってくると、その姿を現した。

 黒い外套に身を包み、白い包帯で顔面を覆う、男かも女かも分からない謎の人物。


「已祟を調伏したか」

「それはつまりは」

「お前は祓ヰ師と言うわけか」


 声も中性的で、男性か女性かなど判別出来ない。

 遠賀秀翼は折れた刀身に触れて、神胤を流し込む。


「外化師」

「と言う認識でOK?」


「存外」

「早く嗅ぎつかれたか」

「が」

「あの已祟は中々の実力だった筈」

「それを調伏するとは」

「興味がある」

「名を名乗らせて貰おうか」


 そう言って、黒い外套を剥がして、その姿を露見する。

 外套の奥には、何も着込んでいない真っ新な姿があった。

 だが、それでも性別を判断する事は出来ない。

 その人物には、男性器が無かった。その人物には、女性器が無かった。

 その人物には、胸部が無く、男らしい骨格も無く、女性らしい曲線も無い。

 何故ならば、その体は六本腕だった。柔らかそうな皮膚は無く、硬い甲殻の様な体が目立つ。


「私の名は」

来春らいは広葉こうよう

「外化師であり絡繰機巧の肉体を持つ者」

「名乗りたければ名乗れば良い」

「もしもお前が」

「私に殺されぬ自信があるのならばな」


 自信満々に、その人物、来春広葉は言った。

 絡繰機巧で出来た肉体は猿鳴形が居るが、それとは比べ物にならない機械質な姿をしている。


(ふん)

(とてもじゃないが)

(メタルボーイとは比べ物にならない)

(人間味が無い)

(だからこそ)

(不気味だ)

(ただただ、不気味だ)


 遠賀秀翼はそう思う。

 呪文を口にして、折れた刀身から〈魁殿軍座禅陣隼人さきがけしんがりすてがまりはいと〉を具現化すると、猛剣士は敵に向かって疾走する。


(媒介術式)

(猪膝の遠縁か)


 そう来春広葉は思うと共に、六本腕の一つが猛剣士に向けて伸びる。

 そして、迸る稲妻が、猛剣士に触れると、その肉体は一瞬で崩壊した。

 唐突の出来事であった、遠賀秀翼は一瞬だけ理解が追い付かず。


 自らの指に触れていた筈の、折れた刀身が粉々に砕けているのを見て。

 其処で漸く、理解に至った。


「一瞬で」

「俺の已祟を……」


 何故破壊されたのか、額に冷や汗が滲み出す。

 来春広葉は、さも当然であるかの様な佇まいで。


「ふむ」

「媒介術式」

「それがお前の術式であるのならば」

「諦めろ」

「お前に私は斃せない」


 そう言い放つのだった。

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