第十九話 御誘
遠賀秀翼が出してきたのは、丸太の様に太く大きい煙管を背負う大鬼だった。
口から煙を吐き出して立ち上がる炎の亡骸を、片腕で押し込む。
ぐぐぐ、と炎の亡骸を押し込んで、半ば強制に道を開き出す。
「フロイライン」
「その術式は」
「出せば」
「後は天井知らずに」
「強化されていく」
「ならば」
「ここで」
「アミーゴと共に」
「エレベータで待機をしていてくれ」
遠賀秀翼はそう言った。
贄波璃々は不服そうだったが仕方なく首を縦に振った。
「そうね」
「已祟は」
「已祟が一番」
「やり方を知っているでしょうし」
「不服だけれど」
「貴方の言う通りにしましょう」
そう贄波璃々は了承するのだった。
「じゃあ」
「頼んだ」
「アミーゴ」
「フロイライン」
「俺の背中を守ってくれ」
「当たり前だろ」
「行けよ」
「遠賀」
八峡義弥は立ち上がり、遠賀秀翼とハンドシェイクをした。
「フッ」
「じゃあ」
「行って来る」
それを最後に、遠賀秀翼は已祟を討伐する為に歩き出す。
残された八峡義弥と贄波璃々は、扉に来る炎の亡骸を叩き潰す。
「ねえ八峡」
「あ?」
贄波璃々が八峡義弥にふと訪ねて来る。
八峡義弥は槍の士柄武物を持ちながら贄波璃々に聞き返した。
「……」
「やっぱり」
「なんでもないわ」
「あ?」
「あぁ」
「そうか」
八峡義弥はそう呟いて、此方に来る炎の亡骸を士柄武物で叩き伏せる。
「……ねえ」
「んあ?」
「あの、ね?」
「おぉ」
「……なんでもない」
「なんだよ」
八峡義弥は歯切れの悪い贄波璃々にそう言った。
贄波璃々の顔を見ようとするが、贄波璃々はそっぽを向いた。
「おいおいお嬢」
「まさかあれか?」
「今、この場で」
「俺の事好きでした」
「的なあれか?」
「ばッ!」
「違うわ!」
「何を言ってるのかしら貴方は!!」
「本当にっ」
「バカッ!」
「バカバカッ!!」
贄波璃々は顔を赤らめてそう叫んだ。
「じゃあなんだよ」
「それ以外に何かあんのかよ」
「……あぁ、もう」
「八峡、これが終わったら」
「休みでしょう?」
「あぁ」
「まあ、そうなってるわな」
基本的に八峡義弥は仕事を終えるとその次の日は必ず休む事にしている。
休息は必要な事だった。
「それでね」
「あの」
「えぇと……」
「んだよ」
「デートか?」
「お誘いかよ」
「たまんねぇな」
茶化す様にそう言った。
贄波璃々は八峡義弥を睨み言う。
「だからっ」
「もうっ」
「デートじゃないわ!」
「えと……んんっ」
「光栄に思いなさい」
「私も明日は休みにするの」
「街で新しい服を買いに」
「余所行きの服を買いにね」
「だから」
「貴方には」
「荷物持ちを任せてあげるわ」
「……んだよ」
「回りくどい事を言っておいて」
「デートじゃん、それ」
にやにやとしながら八峡義弥はそう言った。
「違うわ」
「勘違いしないで頂戴」
「けど生憎」
「俺ァ明日」
「用事があるんだわ」
と、八峡義弥はありもしない用事を言ってみる。
それは贄波璃々に対するカマかけだが。
「あ」
「そ、そう」
「そうね」
「そうでしょうね」
「貴方」
「結構」
「顔が良いものね」
「えぇ」
「……はぁ」
(うっわ)
(ガチに落ち込んでるじゃん)
(笑えるわ)
八峡義弥はしょんぼりとした贄波璃々を内心笑いながらそう思った。
すると、彼女の傍に居る〈ソノコ〉が八峡義弥の方に顔を向けた。
〈ソノコ〉には目が無い。だが、確実に八峡義弥を見ている。
「オネエヂャ、ナイデヴ」
「ナガゼダ?ナガゼダー?」
「ナカセテナイヨ」
裏声で八峡義弥はそう言った。
流石に冗談が過ぎた様子だった。
八峡義弥は適当に携帯電話を弄るフリをして。
「あ」
「明日予定なくなったわ」
「お嬢」
「荷物持ち出来るぜ」
「……ウソ」
「慰めに言ってるだけでしょう?」
「ウソォ?ヅイダノォ?」
「ツイテナイヨ」
八峡義弥は再び裏声でそう言った。
「いや真面目に」
「マジだからよ」
「お嬢の為に」
「荷物持つからさ」
「ほら」
「俺お嬢好きだし」
と、八峡義弥は慌てた様子でそう言う。
贄波璃々はそれを聞いて。
「ちょ」
「何を告白してるの?」
「やめなさい」
「こんな所で」
「バカね」
そうは言うが、贄波璃々は、自らの髪の毛を指で弄りながら、満更でも無さそうだった。
それを見た〈ソノコ〉は、再び八峡義弥の顔を見ると。
「オネエヂャ、ハズカシメダ?」
「ハズカシメテナイヨ」
「つかどうすりゃいいんだよ」
これならば、最早何を言っても〈ソノコ〉が八峡義弥に突っかかって来そうだった。
そうした適当な会話を続けていると、ふと、空間が歪み出した。
「んおッ」
「なんだ」
どうやら、幽世が崩れ出しているらしい。
なんとか、遠賀秀翼がこの空間を作り出した已祟を討伐出来た、と言う事だ。
「案外」
「楽だったな」
八峡義弥は槍の士柄武物を肩に乗せてそう言った。
「気を抜いたらダメよ」
「崩壊が始まって」
「完全に消滅するまで」
「約三十分」
「その間に」
「遠賀秀翼が来なければ」
「彼は異界に取り残される」
「十分程待って」
「来ない様なら」
「探しに行きましょう」
と、贄波璃々はそう言った。
が、どうやらその心配はしなくても良さそうだった。
目の前に人影が現れる。ほっと胸を撫で下ろす贄波璃々だったが。
八峡義弥は士柄武物を握り締めた。
「誰だテメェ」
八峡義弥はそう言った。
其処に居る男は、遠賀秀翼では無かった。
黒服に身を包み、帽子を被る若き男が、其処に立つ。
「ありゃ」
「出口」
「占領されてんじゃーん」
「キミら」
「祓ヰ師?」
と、黒服の男が言う。
八峡義弥は名乗らない。
名乗ればその男と縁が出来る。
縁は繋がりとなって再びその人間を出会わせるからだ。
「祓ヰ師なら」
「俺たちと対局じゃん」
「俺」
「外化師」
「
と、唐突に自己紹介をするのだった。
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