第十七話 禊祓

 遠賀秀翼の已祟を見た八峡義弥は。


「うお」

「なんだあの」

「変態は」


 思わずそう言った。

 半透明状態で視認出来る遠賀秀翼の術式。

 背は低く、髪の毛は獣の様に荒れ、硬き筋肉と浅黒い肌。

 そして赤く染まった褌が靡き、握り締める刃物を振るう。


「この祟已は」

「薩摩の兵子だ」


 薩摩の武士たちは。

 戦と聞くと防具も付けずに刀や槍を持って参戦すると聞く。

 百姓も馳せ参じ、農具または徒手で参列するらしい。

 そして、全裸で闘う者や、褌一丁で闘う事もあるのだとか。


「俺が手に入れた已祟の中で」

「三番目に強い新人でな」

「現在は育成中だ」


 赤染褌の武士が怨霊を切り裂き、霧と消える生気を吸収していく。

 已祟は生気を得ると成長し、より強固で凶悪さを増していくのだ。


「うぉッ」


 八峡義弥が驚きの声を上げる。

 ゆらりと湯気の様な怨霊が、のろりのろりと蠢いていた。


「俺は建物の中に侵入する」

「アミーゴ」

「お前たちは」

「外で掃討戦だ」


 そう言って遠賀秀翼が建物の中に入って行った。


 すると今度は怨霊が火葬場の建物から出て来る。

 怨霊が建物に染み付くのは、器が無ければ生気が零れて消滅してしまうからだ。

 だから、仮初の建物に憑き、生気が漏れるのを最小限に留める為。

 彼ら怨霊は、住処を捨て生気の大量の漏出をしてでもその場から逃れたかったらしい。

 褌一丁の武士に斬り殺されて、存在すら消滅するくらいならば。

 多少の生気を失ってでも、何処か別の建物に逃れた方がマシと考えても、仕方が無い事だが。


「あら」

「貴方たち」

「逃げられるとでも」

「思ったのかしら?」


 建物の外には、贄波璃々が居た。


「成程」

「逃げた奴を」

「狩るのが俺の仕事か」

「いいね」

「俺ァ」

「雑魚狩りが好きなんだよ」


 建物の外には、八峡義弥が立つ。


「来なさい」

「〈ソノコ〉」


 贄波璃々が臨核を起動し、神胤を放出する。

 神胤によって構築される肉体。

 それは魂を中心に形成されていく。


「オ、ネ」

「ネ、ヴェェ……」

「オネエヂャァアアアアアッ!!」


 甲高い叫び声。

 子供が合唱しているかの様に声が何重にも重なって聞こえる。

 巨大な怨霊、術者を呪い、その呪いを術者が神胤に変貌させ、怨霊に与える。

 つまり永久機関。時間が許す限り際限なく強化されていく術式。


 それが御三家の一角。歴代最強とさえ謳われた贄波璃々の力。

 屍子かばね傀儡くぐつ術式じゅつしきである。


「クケケ」

「相変わらず」

「バカデケェ声だ」

「んじゃ俺も」

「始めっぞ」

隻蘇せきそォ」


 八峡義弥は背中に手を突っ込み。

 一振りの太刀を取り出した。


 士柄武物・隻蘇純参差尾守。

 特性は再生。

 それ以外は他の士柄武物とは大差ない代物。


 怨霊たちが逃げ惑う。

 八峡義弥は隻蘇を振るう。

 感触すらなく空を切る。


 しかし士柄武物に蓄積された神胤が霊体を切り裂いた。


「クケケ」

「いいねぇ」

「俺ァ」

「弱い者イジメ大好き」


「最低ね」


 贄波璃々は八峡義弥の狂喜する姿を見て罵る。


「圧倒的な戦力」

「俺は一方的に攻撃出来て」

「奴らの攻撃は掠りもしねぇ」

「無敵モードだ」

「たまんねぇな」

「お嬢もそうだろ?」

「血の滲む努力をして」

「頑張って頑張って」

「そんで得た自分だけの力」

「その力は他の誰よりも上位に値する」

「強力な力で敵を蹂躙すんだ」

「快感じゃなきゃウソだろ?」


「……」


 贄波璃々は押し黙る。

 八峡義弥の台詞に少なからず共感してしまう自分が居たからだ。

 しかしそれを彼女が声に出す事は無い。


(八峡と同じ事を考えてたなんて)

(癪を越えて恥だわ)


 ほんのりと頬を紅潮させて恥ずかしそうにしながら、彼女は〈ソノコ〉を操る。


「あのさ」

「何人くらい」

「怨霊って居るんだ?」


 八峡義弥は逃げ惑う怨霊を切り裂きながら言った。


「そうね」

「大体は」

「百体程じゃないかしら」

「建物に棲めば」

「少なくとも」

「建物が崩れるまで」

「生き永らえる事は可能だろうし」


「へぇ」

「じゃあまだ居るかね?」

「あの建物ン中」


 火葬場を見ながら八峡義弥は言った。


「……どうかしら」

「私は幽霊専門じゃないもの」

「だけど」

「中には」

「遠賀秀翼が居るわ」

「已祟を使って」

「怨霊を食らわせる事で」

「祓っている」

「こうして余り物を潰しているけど」

「怨霊も少なくなっているわ」

「そろそろ終わりじゃないかしら?」


 そう贄波璃々が分析をして。

 遠賀秀翼が建物の中から出て来た。


「おう遠賀」

「もう終わりかぁ?」


 八峡義弥が近づく。

 遠賀秀翼は手を挙げて言った。


「大丈夫そうだが」

「少しデンジャラスな展開になるかもしれん」


 デンジャラス。

 遠賀秀翼はそう言った。

 何を言ってるのか良く分からない八峡義弥は叫ぶ。


「日本語でしゃべれや!」

「何が危険なんだよ!!」


 建物に近づく。

 贄波璃々も同じ様に遠賀へと近づいた。


「建物の中に」

「已祟が居るかも知れない」


 と、遠賀秀翼は言う。

 怨霊が生気を食い過ぎると、悪性の強い呪いとなるのが已祟。

 火葬場で肉体が焼かれて、怨霊が作り出されるのならば。

 必然的に、怨霊同士が喰らい合って、已祟となるのも仕方が無い事だ。


「強いんか?」


「俺の手持ちならば祓える」

「が、場所が場所でな」

「付いて来てくれ」


 遠賀秀翼はそう言って、八峡義弥と贄波璃々を建物の中に招き入れた。



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