第十六話 已祟

 三時間後。

 八峡義弥らが到達する目的地。

 其処は火葬場であった。


「そう言えばよ」

「今回の仕事ってなんだっけか?」


 八峡義弥は火葬場前に立つ遠賀秀翼と贄波璃々に聞く。


「八峡」

「貴方」

「それも知らずに」

「同行したの?」


 呆れた様子で贄波璃々が言う。


「仕方がねぇだろ」

「俺ァ」

「今日聞いたんだからよ」


 基本的に、討伐などの任務依頼がある場合。

 事前に資料が渡される事になっている。

 その資料には、討伐対象の情報が記載されている。

 八峡義弥は事前に仕事を受けた為に。

 資料を渡される事は無かった。


「まあ」

「早い話が」

「幽霊対峙さ」


 遠賀秀翼がそう言った。

 革ジャンの下に装着したショルダーを露見させる。

 それはガンショルダーの様に色々な骨董物が差し込まれていた。

 簪・煙管・そして、折れた刀身、この三つがあった。


「基本的に」

「幽霊と言うのは」

「人の意志であり」

「魂の残り香であり」

「命の余り物だ」

「魂は肉体を媒介としている」

「肉体がある限り、魂は依る場所がある」

「魂と肉体は本来は」

「別々のものではあるが」

「しかし、魂は肉体が無ければ活動出来ない」

「肉体が補給するエネルギーが」

「魂を活かすからな」

「肉体が死ねば」

「エネルギーは補給されず」

「魂は抜け落ち」

「生気が徐々に薄れて消えていく」

「それが肉体に宿る生気の終わりだが……」


「これ」

「話長いか?」


 八峡義弥は一人語る遠賀を後目に、贄波璃々に耳打ちした。


「長かろうが」

「短かろうが」

「貴方にとっては」

「有益な情報だから」

「聞いておいて損はない」

「そう思うのだけれど」


 贄波璃々にそう言われて。

 八峡義弥は大人しく話を聞く事にする。


「生気が消え去る前に」

「肉体が消失してしまうと」

「余り切った半端な生気は」

「残留思念として残り」

「地を彷徨い続ける」

「それが、世間一般で言う幽霊の正体だ」


 幽霊の正体は、人間が余らせた生気である。

 しかし勘違いしてはいけないが、生気は消えるが、魂が消滅する事は無い。

 魂が肉体を作り、肉体は魂に生気を送る。

 しかし肉体が消滅してしまえば。

 魂と生気は別たれて、魂は輪廻の渦に巻き込まれる。

 つまり幽霊の正体は、魂に付いた贅肉の様な生気なのだ。


「しかし」

「それでも」

「肉体が無いから」

「自立しても」

「エネルギー補給は出来ない」

「自然と消滅する運命だが」

「中にはそうならない幽霊も居る」

「肉体でエネルギーを補給する方法」

「これ以外のやり方を本能で理解し」

「実践する」

「例えば」

「生きた人間の生気を吸う」

「衰弱する動物に乗り移る」

「あるいは」

「同じ幽霊をエネルギー源として喰らう」

「それが一番効率が良いだろう」

「何せ幽霊はエネルギーの塊だからな」

「そして」

「幽霊が宿る場所は」

「死体が多く葬られる場所に宿る」

「それが」

「火葬場だ」


 遠賀秀翼は簡単に説明をして終えると。

 ショルダーに差した折れた刀身に触れる。

 目を凝らしてみれば、その火葬場には、多くの怨霊がひしめき合っていた。

 入口の扉から、びっしりと半透明な人型が硝子の扉に手痕を付けている。


「八峡」

「ここからが仕事だ」

「火葬場は」

「生気を喰らい」

「幽霊から怨霊へと成長した……」

「……いや」

「怨霊から更に上……」

已祟たたりが棲む」

「俺は、その已祟を専門に祓う」

「何故か分かるか?」

「俺はな」

「幽霊遣いなんだよ」


 そして、折れた刀身に神胤を流し込む遠賀。


(鬼陰流おにかげりゅう媒介術式ばいかいじゅつしき)


 媒介術式。

 特定の物質に幽霊を繋がせる、式神術と封印術を組み合わせた術式だ。

 幽霊に自らの神胤を流し込み調伏させ、物質に寄生させる事で暴走を抑える。

 媒介術式には多くの欠点がある。


 媒介物を破壊されてしまえば、主従関係が切れてしまう。

 強力な巳祟を媒介物に押し込む事は出来ない。

 生気が途切れぬ様に一定の神胤を流し込まなければならない。


 主に上げるとすればこのくらいだろう。

 しかし、逆に、媒介術式にも利点がある。


 それは、怨霊に神胤を与えたり、怨霊を与える事で、成長を促す事が出来る点だ。

 最初は弱小な怨霊であろうとも手間暇掛けて成長させる事で強力な巳祟に変わる。


 危ない橋を渡らず、長期間を目安に餌を与え続ければ、誰でも簡単に強力な力を宿す已祟を作る事が出来るのだ。


阿吽おん


 遠賀秀翼は媒介物である折れた刀身を握り、神胤を流す。


釈下しゃっか天門てんもん招界道しょうかいどう抜閂ばっせん


 呪文を口にして、媒介物から現世に繋ぐ門を築き上げる。

 遠賀秀翼の一定の空間が歪み出す。何か異様な空気を感じる八峡義弥は、自然と何かが来ると理解した。


臨禪りんぜん―――〈魁殿さきがけしんがり軍座禅陣すてがまり隼人はいと〉」


 そして、遠賀秀翼の隣から、血に塗れた褌姿の男が出て来る。

 その腕は異様な筋肉の盛り上がりを見せて、握り締める日本刀を上段に構えた。


「行け」


 その言葉と共に、獣の様な咆哮が響く。

 そして赤い褌一丁の男が、ガラス扉に向けて走り出すと。

 刀身を振り下ろし、硝子毎怨霊を切り裂いた。


「うわ」

「弁償か!?」


 八峡義弥はそう言ったが、硝子が割れる音は聞こえず。

 怨霊だけが苦しそうに蠢いていた。


「バカね」

已祟たたりなのだから」

「すり抜けるに決まってるでしょう」


 と、贄波璃々は言うが、神胤を強く注入する事で、現世に介入する已祟も存在する。


「開戦のファンファーレ」

「そしてお前たちは」

「終戦のフィナーレを奏でる」


 決め台詞の様に言う遠賀。

 別段決まってないと思う贄波璃々。

 八峡義弥は少しカッコ良いと思ってしまった。

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