第十五話 送迎
「あ?」
八峡義弥は校門前にある送迎用の車の前に居る女を見てそんな声を上げた。
其処に居たのは黒いブレザー服を着込む、ベレー帽を被った贄波璃々だった。
「なんで居んだよ」
贄波璃々は髪の毛を靡かせた。
「あら」
「祓ヰ師が」
「祓ヰ師としての仕事をしたら」
「いけないのかしら?」
「いや」
「ダメとは」
「言ってないけどよ」
なんとなく気まずい。
何故ならば八峡義弥は昼間辺り、彼女に対して意味の分からない主張をしたからだ。
猿鳴形に対する悪影響だと荒げて言ったので、このまま一週間くらいは合わない様に徹すると考えていた。
しかし現在、どうやら贄波璃々と同じ仕事を熟さなければならない。
(気まずいわ)
(あんな事を云ったのに)
(……いや)
(俺は)
(悪くねぇし)
贄波璃々は八峡義弥の顔を見ている。
その軽蔑やら差別をしてそうな俯瞰している顔付きだ。
「……なんだよ」
「お嬢」
「いえ」
「貴方」
「昼間の事だけれど」
「あ?」
「俺は悪くねぇぞ」
八峡義弥は牽制する様に言う。
しかし贄波璃々は首を横に振った。
「おおかた」
「猿鳴に対してでしょうけど」
「私が言いたいのは」
「人の胸を見る事について、よ」
(……あぁ)
(そっちね)
八峡義弥は腑に落ちた様子で心の内に呟く。
そう言えば贄波璃々は胸を隠す様に腕を組んでいる。
八峡義弥が女性の胸を見ている事に関して、あの時話題に上がっていた。
「貴方は」
「そういう人間だったものね」
「ここ一年で」
「性格が矯正されていたと思ったけれど」
「どうやら」
「それは間違いの様ね」
贄波璃々と八峡義弥は一年の頃の付き合いだ。
その時の八峡義弥は中学生から上がりたてであり、八峡義弥が最もクズであったとされる時期だった。
それで八峡義弥は彼女に突っかかり、ビンタをお見舞いされる事もあった。
「いや」
「男だったらよ!」
「普通は見るって!!」
八峡義弥はそう叫んだ。
自分を傷つけない様にする為の言い訳だ。
他の男も見ているから、自分は悪くないと正当化している。
「そう」
「どちらにしても」
「貴方」
「最低よ?」
「かッ」
(顔を見て言うか普通ッ)
八峡義弥は苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべる。
贄波璃々は傲慢であり高飛車ではあるが間違った事は言わない。
八峡義弥が最悪である事は確かな事だった。
普通ならば此処で心が折れるか、逆ギレするかの二択なのだろうが。
「ぐッ……仕方ねぇ」
「本当の事だからな」
「二度と見ないとは誓わんが」
「乳ガン見野郎の汚名は」
「行動で返上してやる」
八峡義弥はその不名誉を敢えて受け入れる。
贄波璃々はそんな八峡義弥を見てはぁ、と溜息を吐く。
「期待はしないわ」
「けど」
「その心がけは」
「良い事ね」
「当たり前だ」
「昔とは違うんだよ」
そう八峡義弥は言う。
贄波璃々は其処で会話を打ち切って車へと近づいてくる。
高価なスーツを身に纏う運転手が後部座席への扉を開けた。
「あ、ども」
贄波璃々が車の中に入り、八峡義弥も車の中に入ろうとした最中。
運転手が扉を閉めた。
「あ?」
そして黒い窓ガラスが開かれて、贄波璃々が顔を出す。
「悪いわね」
「これ」
「私有車なの」
「マジか」
「え?じゃあ俺は?」
「すぐ後ろにあるでしょう?」
「あちらに乗るの」
そう言って八峡義弥は校門から出て行って黒塗りの高級車の後ろを見た。
其処には、遠賀秀翼が待機していた。
遠賀秀翼は、バイクに騎乗している。
それも、シフトカーだった。
どうやら、今回は送迎用の車は無いらしい。
「ようアミーゴ」
「お喋りは済んだかい?」
そう言って遠賀秀翼は額に指を引っ付けて、ピッと払う様に動かす。
「あ、おう」
「え?」
「お前」
「運転すんの?」
「俺の趣味は」
「タバコとバイクだからな」
「どうだ?」
「目的地に行くまで」
「風になろうぜ?」
遠賀秀翼は、祓ヰ師の仕事として得た報酬をバイクに費やしている。
ここ一年で、遠賀秀翼が所有するバイクは二十台を超えているらしい。
「マジか?」
「運転手って」
「お嬢の方の運転手かよ」
八峡義弥は電話にて遠賀が運転手を待たせると言っていたが。
どうやらそれは、贄波璃々の専属運転手の事だったらしい。
「ほら」
「お前のヘルメット」
そう言って、遠賀秀翼はシフトカーに置いたヘルメットを八峡義弥に投げる。
黒色のヘルメット、丁寧に磨かれている為か綺麗に光を反射している。
「それじゃあ」
「先に言ってるわ」
「目的地まで」
「大体三時間ほど」
「パーキングエリアには寄らないから」
「遅れずに来て頂戴ね?」
それだけ言って、贄波璃々が乗る高級車が奔り出す。
「カモン、アミーゴ」
「俺のバイクで」
「目的地までゴールインだ」
遠賀秀翼は相変わらずのアメリカ語を発し、八峡義弥にシフトカーに乗れと顎で指す。
「っしゃあねぇな……」
「車ん中で」
「目的地に到着するまで」
「眠る算段だったのによ」
「バイクで寝るの」
「怖いんだよ」
走れば走る程に、風が強く肌に当たる。
如何にシフトカーと言えども、常に風に身を晒しながら眠ると言う行為は難しい。
「つかよ」
「俺ァ」
「ジャケット着てねぇぞ?」
「俺のを貸してやろうか?」
遠賀秀翼が革ジャンを脱ごうとする。
八峡義弥は脱ぎきる前に首を横に振った。
「いいよ」
「まあ」
「送迎用の車が無いなら」
「仕方が無いしな」
「安全運転で頼むぜ?」
八峡義弥はヘルメットを被ってシフトカーに体を詰める。
「フッ」
「当然だ」
「それじゃ行くぜ相棒」
「フルスロットルだ」
「いや」
「だから安全運転でって」
「言ってんだろうが」
微妙に噛み合わない様子で、二人が乗るバイクが発進する。
向かうは県外にある目的地。
そして取り敢えずは、先に先導した贄波璃々が乗る高級車の後ろに付く事だった。
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