第八話 死亡
一度目の死を迎え、
八峡義弥は、本日二度目の死を迎える。
「が、はッ!」
喉奥が熱くなりぬるりとした感触が舌先に広がる、その直後に感じる鉄の味。
顔を下に向けると、咥内から零れ出す赤の色、それは紛れも無い血液。
呼吸を繰り返す度に何処からかひゅぅひゅぅと風の音が聞こえる。
「ひ、ぃ。ひゅ、ぅ―――、ひゅっ」
その音は八峡義弥の喉から発せられていた。
ドボドボと零れ落ちる血液、命の体液は口からでは無く、喉からドクドクと零れている、この状況を理解したくはない八峡義弥だが、嫌と言う程にその状況を理解してしまう。
「ぎ、ひっ―――ひ、ゅ―――」
喉が切り裂かれている。
恐らくは贄波阿羅が持っていた無銘の士柄武物による一突き。
柔らかな肉を破り、喉仏を切って、食道に穴が開いている。
手を喉に沿える。
少しでも血の流れを止めようとする。
喉を強く抑える。すると、血の流れが変わり、口や食道の奥へと流れ込む。
「がヴぉ、ッヴぁ、ッげヴォ、ヴぉ―――」
ゴボゴボと血の泡を口から噴き出す。
血液が喉の呼吸器官を止めている。
息が出来ない。苦しい、眩暈がする。意識が遠のく。
がさり、と地面を踏む音がする。
八峡義弥の目の前に贄波阿羅が刃物を構えた。
その直後。
血に濡れた刃物が腹部を何度も突き刺して、腹を掻っ捌いて臓物を引き摺り出す。
それで終わりだった、許容出来ない痛みに悶えながら八峡義弥は地面に横たわり、臓物のベッドで眠る様に息を引き取ったのだ。
……本来なら八峡義弥の未来はこの瞬間を持って閉ざされる事になる。
だが、しかし。
ズルズルと、臓物が動き出す。
縦一線に切り裂かれた腹部に、芋虫の様な臓物が戻っていく。
同時に散々と周囲を赤に染め上げた俺の血液はスライムの様に蠢く。
そして八峡義弥の傷口へと帰巣するかの様に血液が戻っていく。
二度、三度の痙攣。
喉や腹部に開けられた傷口は、ファスナーを閉める様に傷が塞がる。
そして八峡義弥は再び目を覚ます。
鈍り切った体を無理に動かして立ち上がった。
疲労か痙攣か、震えている手で首筋を触れる。
其処にあった傷跡は何処にも無い。
まるで先程の出来事は夢幻かと錯覚してしまう。
しかしあれは紛れもない現実。
「死なないとは」
「良い事なのか」
「それとも」
「悪い事なのか」
贄波阿羅は八峡義弥を見ながら言う。
「俺から言わせれば」
「死なない事は嫌な事だ」
「何度も何度も」
「苦しみを味わい続けるからな」
八峡義弥は憔悴しきった体を動かす。
何とか無理に立ち上がり、贄波阿羅を睨む。
「お前はどうだ?」
「八峡」
「死なない事は」
「幸せか?」
その問いに八峡義弥は疲れ切った表情で笑みを作る。
「良い事っすよ」
「死なない限り」
「何度でも挑戦出来る」
「意志がある限り」
「倒れても立ち上がる」
「何度でも」
贄波阿羅は溜息を吐く。
「なら」
「最後だ」
八峡義弥が空になった手を握る。
そして武器も持たずに贄波阿羅を殴ろうとする。
そんな八峡義弥に容赦なく贄波阿羅はナイフで八峡義弥の手を切断。
懐に入り込んで腹部を二度刺し、そのまま後ろに回って八峡義弥の背中から脇腹を刺す。
更に八峡義弥の首にナイフを突き立てて横に撫ぜた。
血が噴き出して、痛みの許容範囲を超えた為に八峡義弥は倒れ込む。
最後に贄波阿羅は八峡義弥のこめかみにナイフを突き立てる。
それで、三度目の死が八峡義弥に向かった。
「……」
「今日はここまでにしよう」
贄波阿羅は涼しい顔でそう言って、倒れる八峡義弥の頭部からナイフを引き抜いて血を払う。
それをコートの内側にしまって、コートの襟を正した。
その十数秒後。八峡義弥は目を開く。
受けた傷は元に戻り、贄波阿羅に切断された手も元に戻っていた。
「……」
ぐっ、ぱっ。と八峡義弥は切断された手を握ったり開いたりして繋がっているのか確認する。違和感があるが、なんら遜色も無く動かす事が出来る。
相変わらず、馬鹿げた内容であった。
八峡義弥は、贄波阿羅と契りを結んだ。
契りを結ぶ者はお互いに定めたルールを順守しなければならない。
しかしそのルールを順守し続ける事で能力や性能を上げる事が出来る。
贄波阿羅は「日の間、八峡義弥と出会ったら必ず殺さなければならない」契りを結んだ。
その結果、八峡義弥は「八峡義弥は贄波阿羅の攻撃で死ぬ事は無い」能力を発現したのだ。
その為、八峡義弥は贄波阿羅の攻撃では決して死なない。
死なないが、しかし、肉体に蓄積される疲労や精神的ショックは対象外となっている。
なので八峡義弥が贄波阿羅との訓練が終わると、死力を尽くしている為に数十分は動く事が出来なくなる。
(あぁ、クソッ)
(また負けた)
(が、大きな進展だ)
(あの野郎)
(俺に技を使いやがった)
(使わざるを得ないと認識したんだ)
(つまりは)
(俺を少し、敵として見たみたいだな)
(クケケ)
(俺は今)
(確実に強くなってる証拠だ)
疲労して動けないが、八峡義弥は表情を豊かに笑みを浮かべる。
確実に八峡義弥は自分が強くなっていると実感していたのだ。
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