第七話 阿羅

「じゃあ八峡」

「私、倉庫に行くから」


「我が友」

「途中まで」

「ついて行こうか?」


 葦北静月と別れて、永犬丸統志郎が付いて来ると言う。

 八峡義弥は首を振って辞めた方が良いと言った。


「お前さ」

「ストレスで死ぬぞ」

「俺がやられている様見てるとよ」


 大切な人間である八峡義弥が殺され続ける様を見ていれば、きっと永犬丸統志郎はストレスによって気分が悪くなるだろうど、八峡義弥はそう考えた。

 永犬丸統志郎は少し寂しそうな表情を浮かべて、終わったら教室で会おうと約束をする。


 そして、八峡義弥は一人、校舎から出て行き、グラウンドへと向かった。

 燦爛と輝く太陽が、季節が夏である事を教えてくれる。

 うっすらと額に汗を滲ませながら、八峡義弥がグラウンドに到着すると。


「………はぁ」


 グラウンドの中心、暑苦しい黒コートを着込んだ死体の様に蒼褪めている四十代前半の男性が立ち尽くしている。

 その手にはスキットルが握られており、チビチビと酒を煽っていた。


「ちわーっす」

「先生」


 八峡義弥は軽い挨拶をしながら階段を降り出した。

 その男性、贄波阿羅教師は、八峡義弥を魚が死んだ様な目で見つめる。


「来たか」

「……来ちゃったかぁ」


 心底面倒臭そうに、贄波阿羅教師は溜息を吐いた。

 一年前までは、八峡義弥を斃す事に関して生き生きとしていたが、現在で食傷気味に感じていた。

 何故ならば八峡義弥を殺し続ける訓練をしてきた。その度に八峡義弥は痛みと共に戦い方を覚えていく。最初は雑魚であった八峡義弥は、現在では面倒な雑魚として、贄波阿羅に認識されているのだ。


「今日は」

「ぶっ殺しますから」

「まあ今の内に」

「酒の味でも」

「楽しんでて下さいよ」


 相変わらず八峡義弥は減らず口な事を言う。

 それが八峡義弥の天性の才能でもあった。

 他人を煽る事に関して、八峡義弥の右に出る者は居ない。


「お前は」

「酒の味も知らずに」

「死ぬんだろう」

「可哀そうな事だ」


 しかし贄波阿羅教師も負けじと八峡義弥に言う。


「俺ァクズっすから」

「酒の味なんざ」

「小学校の頃から知ってますよ」


 其処で会話は終わった。

 八峡義弥はアロハシャツの後ろ襟に手を突っ込んだ。

 其処から細長い鉄棒、もとい、一振りの太刀を取り出す。

 士柄武物・隻蘇純参差尾守だ。


「さぁて」

「始めましょうかい」


「……嫌になっちゃうなぁ」


 そう情けない事を言う贄波阿羅は。

 コートの裏から極めて矮小な刃物を取り出す。

 サバイバルナイフの様な形状をした約五十万程で売られている士柄武物。

 銘は無い、それはただのナイフと形容させる代物。

 それを逆手で握って、大した構えもせずに、立ち往生とした。


「はぁ……」

「仕方が無い」

「じゃあ」

「始めるか」

「祈っておけ」

「俺も早く終わる様に」

「祈っておこう」


 ポケットから、サイコロを二振り取り出す。

 それを地面に向けて投げると、コロコロとサイコロの出目が決まる。

 サイコロの目は二と一。


「良かったな」

「今日は三回だ」

「三回だけ殺してやる」


 贄波阿羅は決まって八峡義弥を殺す際に、サイコロの出目で決める。

 これは別に目的は無い、ただ上限が無ければ、贄波阿羅は疲れるまで八峡義弥を殺し続ける。

 だから、サイコロの目で八峡義弥の殺害回数を定めたのだ。


「ほら」

「来ると言い」

「俺は酒でも飲んで」

「待つとしよう」


 スキットルを飲んで、贄波阿羅は八峡義弥を待つ。

 八峡義弥はそんな贄波阿羅教師を見て憎たらしい笑みを浮かべる。


「来いって言って」

「行く馬鹿は居ないんすよ」

「俺も待つんで」

「そっちから来て下さい」


 そうして、八峡義弥は構えながら待ち続ける。

 一時間、二時間、三時間、八峡義弥と贄波阿羅は一定の距離を保って動かない様にする。


 贄波阿羅は、その間、スキットルを飲み続けていた。八峡義弥は汗を垂らしながら決して警戒を崩す事無く贄波阿羅の動作を見ていた。


「……あ」

「酒が無くなっちまった」


 スキットルを逆さにした。

 スキットルからは酒の一滴も出てこない。

 つまらなさそうに息を吐いて蓋を閉める。


「仕方が無い」

「面倒だが」


 遠くから聞こえる声。


「殺すとしよう」


 その声が間近に、真後ろから聞こえた。

 八峡義弥は振り向くと同時に太刀を振るう。


 背後には贄波阿羅が居た。

 先程立ち尽くしていた場所には、贄波阿羅の姿形は無い。

 禪域から体得した〈縮地〉であった。


 禪域の由来は祈りの境地。

 人間の精神が果て無き祈りによって精神が世界の意志と接続する事象であった。

 人間があらゆる分野にて限界を超越した時、世界と繋がり分野に関連する知識を観測する事が出来る。

 一見、超常にも見える能力だが、それは原理として言えば口頭で説明出来るものであり、それを他者に教え説く事も出来る。

 瞬間移動である〈縮地〉も、理論上は誰でも体得出来る技術であるのだ。


(背後に移動なんざ)

(何度も喰らって来たッ!)

(バレバレなんだよッ!)


 八峡義弥は倒れると同時に贄波阿羅の凶刃を回避。

 そして反撃として太刀を回避しながら振り出した。

 何度も何度も同じ手を使われた技。一瞬で背後に移動する事など読めている。


「本当に嫌になっちゃうな」


 日を増す毎に八峡義弥が手練れになる。

 そうなれば殺し難くなるからと、贄波阿羅は深く溜息を吐いた。


「〈発勁はっけい波紋はもん〉」


 贄波阿羅は避ける事も無く、足を真横にズラして股を開き、強く地面を七度踏んだ。

 目にも止まらぬ動作、一瞬、足が揺らいで見えたかと思えば刹那。


「がッ、ばッ!!」


 見えない壁が八峡義弥に叩き付けられた。

 発勁。筋肉を流動させ、力の波を減少せずに体外へと流す武術。

 こちらも禪域にて体得した技術。発勁・波紋は周囲に力の波を流し、それを足踏みの回数分流し出す技術である。

 つまり、八峡義弥を吹き飛ばした見えない壁が、あと六度差し掛かると言う事で。


(なんだ、この力)

(これは、予想してねぇッ)

(あの野郎ッ)

(まだこんな力をッ)


 八峡義弥の思考は其処で途切れた。

 見えない壁がダンプカーの様に、八峡義弥に衝突したからだった。




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