第六話 約束
「うし」
「これで完了、と」
八峡義弥は教室に入り、教卓の上に置かれた出席簿に記録を点ける。
基本的に学園滞在者は毎日この出席簿に学園へ登校した証明として出席簿に印を押すのだ。
1940年と共に設立された禁忌条約。その条約内容には政府が指定した教育機関を設け、必ず満十八歳未満の祓ヰ師は必ず学園に出席した証明をしなければならなかった。
これは当時人体実験を行っていた中世派の祓ヰ師が実子を扱う非人道的な儀式や人体実験などを行い系譜断絶が多く、また祓ヰ師ど言えども多少の人権が残っている為に残虐行為の対象にしない為に教育機関への登校及び、身体検査を行う事にしたのだ。
禁忌条約は現代に至っても未だに存在する為、その習慣として八十枉津学園では登校の証明以外にも生存報告として出席簿に印を押すのだ。
「ねえねえやかいっ」
「このまま暇なら」
「私と遊びましょうっ?」
辰喰黒姫が目を爛々と輝かせて八峡義弥を誘う。
しかしその背後には辰喰蔵人が目を光らせていた。
親指を突き立て、八峡義弥に向けて首を掻っ切るジェスチャーをする。
(誘いは)
(断れ)
と辰喰蔵人は睨みを利かせながら心の内で叫んだ。
口に出さずとも理解出来る程に、辰喰蔵人から発せられる殺意は禍々しい。
(心配すんな)
(元から)
(俺の予定は埋まってる)
八峡義弥は苦笑いを浮かべながら辰喰蔵人に中指を突き立てた。
その行動に辰喰黒姫は後ろに居る辰喰蔵人に視線を向けるが。
「ん?」
「何か御用ですか?」
姉だけに見せる紳士スマイル。
どの様な状況であろうとも姉にだけは良い所を見せたいと言う蔵人の確固たる意志を感じた。
「気持ち悪いから」
「私の後ろに立たないで」
何時もの様に辰喰蔵人に罵倒を浴びせる。
「大方」
「くーろんに」
「断れって言われたんでしょうけど」
「別に気にしなくても良いわ」
「ね?」
「やかい」
「遊びましょう?」
ぐい、と八峡義弥の顔に近づく。
彼女の服装は着物ではあるが帯は緩く、肩元は簡単に露出している。
豊満な胸が着物の衿に引っ掛かっている為に、辛うじて服が解ける事は無いが。
それでも、彼女が近づく事で張りのある上乳が迫力を増していく。
思わず視線は下に向いて、辰喰黒姫が動く度に胸がたゆんと揺れ出した。
「いや、誘いは嬉しいんすけど」
「この後予定があるんすよ」
「あの狂人と訓練をしなければならないんで」
八峡義弥はこれから死にに行くのだ。
贄波教師と訓練を続けて早くも一年と半年になるが、八峡義弥は未だに贄波阿羅教師に怪我一つ負わせた事が無い。
現状、八峡義弥はあの無傷無敗の男に対して、一度で良いから一太刀浴びせたい一心だった。
辰喰黒姫はじっと八峡義弥の目を見詰めて、その言葉が本当であると分かるとそっぽを向く。
「残ぁーん念」
「なら」
「また今度遊びましょうね?」
辰喰黒姫はゴネる事なく八峡義弥の言葉を受け入れる。
そしてまた今度、遊ぼうと言う約束を八峡義弥に向けて言った。
「あぁ」
「また今度でも」
「じゃあ」
「約束」
そう言って辰喰黒姫が小指を出す。
指切りげんまんをするつもりらしい。
八峡義弥は何気なくその指に自らの小指を絡めようとした最中。
「約束だ」
辰喰黒姫の間に割って入り、黒姫の代わりに辰喰蔵人が指切りげんまんをしだした。
「あ!」
「もうくーろんったら!!」
「お姉ちゃんが男の子と指切りするくらいで」
「嫉妬しないでちょうだい!!」
「気持ち悪い!!」
そんな罵倒も気にもせず。
八峡義弥と指切りげんまんを行う辰喰蔵人。
「じゃあな八峡」
「約束は忘れても良いぞ」
「破ったら針一本で勘弁してやる」
と、辰喰蔵人は黒姫を抱いた。
「いや」
「お前と指切りしたら」
「お前と遊びに行く事になるだろ」
八峡義弥は冷静に辰喰蔵人に突っ込んだ。
それを聞いた辰喰蔵人は盲点だったと衝撃を受けて。
「………」
「俺と行くか?」
苦渋の決断をするかの様に。
辰喰蔵人は心底嫌そうな表情を浮かべて八峡義弥と遊びに行くかどうか聞いた。
「いや」
「俺は別にどっちでも良いけどよ」
意外にも肯定的な意見が出た為か、辰喰蔵人は一瞬、きょとんとした表情をした。
「……そうか」
「なら、考えておいてやる」
上から目線でそう言って、辰喰蔵人は黒姫を連れてその場から立ち去ろうとする。
姉一筋かと思っていた蔵人だったが、遊びに行く事自体に関しては否定的では無いらしい。
「ねえやかい」
「なんすか?」
ちょいちょいと、黒姫が八峡義弥に耳を貸す様に促す。
八峡義弥は黒姫に耳を貸すと、こそばゆい息と共に黒姫が話し出した。
「あのね」
「くーろん」
「あんなぶっきらぼうな顔してるけど」
「ほんとは少し、嬉しいみたいだから」
「ほら」
「くーろんって」
「私以外の人に興味が無かったから」
「やかいたちと出会って」
「少しだけだけど」
「くーろんも変わって来てるの」
「だからね」
「これからも」
「危ない子だけれど」
「くーろんのお姉ちゃんとして」
「よろしくお願いするわ」
こしょこしょと話しを聞く八峡義弥は再び殺気を感じて振り向いた。
「八峡」
「何をしている?」
八峡義弥は憎たらしい笑みを浮かべて言った。
「良い姉ちゃんじゃん」
「泣かすなよ?」
その言葉に辰喰蔵人は即答する。
「当たり前だ」
「ほら」
「行きますよ姉さん」
「家に帰ったら」
「すぐにお風呂にでも」
「嫌よ」
「くーろん」
「私の裸を見ようとするじゃない」
「そういう所、本当に嫌い」
有難き幸せ、そう呟きながら、黒姫と蔵人はその場を去っていく。
残された八峡義弥は、あの辰喰蔵人が変わって来ている事に対して驚いていた。
が、どんなに変わろうとも、辰喰蔵人との接し方は変わらない。
(あいつが居ねぇと)
(ツッコミが回らねぇからな)
大切なツッコミ役として、辰喰蔵人は重宝する。
八峡義弥は一人でにそう思っていた。
「我が友」
背後から手がにゅっと伸びて、八峡義弥を後ろから抱き締める永犬丸統志郎。
「遊びに行くのは」
「ボクも一緒だろうね?」
何か焦っているのか、永犬丸統志郎はそう言った。
「あ?」
「あー……」
「まあ、そうだな」
そう言って永犬丸統志郎は安堵の息を漏らす。
ついでに葦北静月も八峡義弥の方へと近づいて。
「遊びに行くのなら」
「私も行きたいっ」
「っと言うか」
「みんな呼んで」
「ぱぁっと盛り上がらない?」
と、葦北静月はそう提案する。
八峡義弥は考える素振りをしだして。
「そうだな」
「折角の夏だもんな」
「パァーッと、騒がねぇとな」
八峡義弥は、葦北静月の提案に乗る事にした。
しかし、その前に。
八峡義弥は、狂人・贄波阿羅との訓練を終わらせなければならなかった。
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