第五話 辰喰
「んあ?」
教室に入る手前の事だった。
ととと、と廊下を走る音が聞こえて、八峡義弥が後ろを振り返る。
すると、十二単の様な重苦しい着物を引きずりながら、八峡へと飛び込んで来る金髪の少女の姿があった。
「うぉ!?」
八峡義弥が驚きの表情を浮かべながらとっさに手を伸ばす。
少女の体を抱きしめると同時に、八峡義弥は態勢を崩して廊下に倒れ込む。
「がっ?!」
「ってぇ!!」
そして本日二度目、地面に頭部をぶつけてしまい、悶絶する。
そんな八峡義弥が痛ぶる素振りなど露知らず、八峡義弥に頬擦りをしながら歓喜の声を荒げた。
「やーかい!やかいやかいやかいー!」
まるで十年来の恋人と出会った様なテンション。
八峡義弥はそんな彼女を引き剥がしながら名前を叫んだ。
「黒姫先輩じゃないすか!」
地面スレスレまで伸びた着物。金色に輝く長髪は彼女の活発的な躍動と共に左右に揺れる。
耳元より少し上には、鹿の様に枝分かれした角が生えている。
彼女の名前は辰喰黒姫。龍に纏わる家系であり、龍に呪われた家系であった。
「ふふ!」
「今日は良い日ね!」
「体は快調で」
「今日の運勢は」
「一位だったのよ!」
「それでいて」
「朝一番に」
「やかいに逢えるだなんて」
「これはもう」
「運命ね!」
意気揚々と語り出す黒姫。
彼女のテンションが高いのは体調が良いからだった。
元気が良い事は素敵なことなのだろうが、朝っぱらからだと胃もたれを起こしそうな激しさだ。
「まあ」
「元気そうで」
「なによりですけど」
「ってぇ……」
体を起こして、八峡義弥は後頭部を摩った。
「もうちっと」
「お淑やかに」
「出来ねぇもんすかね」
ごめんなさい、と黒姫は舌を出した。
とんだお転婆娘である。
「八峡」
「大丈夫?」
葦北静月が心配してくれる。
「あぁ」
「大丈夫だけどよぉ……」
言い淀む八峡義弥。
八何かを忘れている様な気がしたが。
「あ!」
「くーろん!!」
黒姫が名前を叫んだ。
その瞬間に八峡義弥は青ざめる。
後ろを振り向くと同時、身を凍えさせる殺意が過ぎる。
訓練によって鍛えられた危機察知能力が危険だと告げていた。
体をよじらせ、回避行動に移る。
即座、頬に通過する鋭い風。
その風は螺旋を描き八峡義弥の皮膚を浅くえぐり取る。
頬から溢れ出す血。
つぅ、と顎に向かって赤い線が伸び出す。
肝が冷える一撃だ。
八峡義弥は黒姫から離れて、廊下の奥から歩いて来る男を睨んだ。
「テメェ!」
「蔵人!」
「殺す気かぁ!」
八峡義弥が睥睨した。
目の先には、執事服を着た美麗なる青年が歩いて来る。
そして、八峡義弥の前に立つと。
「ふん」
「これでも」
「信頼して」
「外してやったぞ」
「ありがたく思え」
悪びれもなくそう言った。
「嘘吐けやァ!」
「明らかに顔面だったぞ!」
八峡義弥が動いて居なければ。
今頃は頭部に穴が空いていた筈だ。
「小煩い奴め」
「退け」
「俺と姉さんを」
「妨げるな」
そうして執事服の青年、辰喰蔵人は八峡義弥を押し退けようとするが。
八峡義弥を退かそうとする手を、強く握り締めて静止させる永犬丸統志郎。
「やあ」
「龍人」
「ボクは今」
「怒っているんだ」
何時もは温厚である永犬丸が、眉をしかめて不機嫌な表情を浮かべる。
それもそうだろう。辰喰蔵人は永犬丸統志郎の大切な人間を無下に傷つけたのだ。
「ふん」
「八峡を傷つけたからか?」
「そうだとも」
「謝って貰おうか」
ギリギリと、辰喰蔵人の腕を握る永犬丸。
その音は、骨が軋んでしまいそうな鈍い音を奏でる。
「……ふん」
「大した忠犬ぶりにだな」
「八峡の犬めが」
軽蔑するように辰喰蔵人が言う。
その言葉を聞いた永犬丸は。
「我が友の……犬」
「………ふふ」
「我が友の犬かぁ……」
永犬丸は誇らしげに、その言葉を強く噛み締める。
「褒めているワケじゃない」
「誇らしげにするな」
そう永犬丸に突っ込みを入れる蔵人。
しかし握り締める手が緩まった為に、振りほどいて八峡の方を向くと。
「こら」
「くーろん!」
「お友達に」
「なんて事をするの!!」
蔵人の前には酷くご立腹な黒姫が怒っていた。
「お仕置きなんだから!」
「歯を喰い縛りなさい!」
「喜んで」
「姉さん!!」
蔵人は彼女の行動に避ける事もなく、即座に受け入れる覚悟をした。
辰喰蔵人は根っからの姉好きで、どんな事をされようとも受け入れる覚悟があった。
満面の笑みで待ち詫びる蔵人に、頬を貫く鋭い一撃が入る。
綺麗な顔が脆く崩れ、蔵人は吹き飛んだ。
少女であろうとも、彼女は龍の力を宿す辰喰家の娘である。
「本当に気持ち悪い子」
「くーろんのそういう所」
「私は大嫌い」
同時に精神を傷つける様な言葉を添えて蔵人は床に横たわり。
「そ、そんな」
「幸せだ……ぐふ」
彼女の罵倒すらもご褒美として受け取り。
辰喰蔵人はご機嫌な表情を浮かべて気絶した。
「目出度い奴だ」
八峡義弥は頬から流れ出す血を手の甲で拭いながら、笑みを浮かべる辰喰蔵人を見てそう言うのだった。
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