第四話 装着

「つうかよ」

「なんか新鮮だな」

「お前らが一緒にいるのって」


 八峡義弥は兄妹二人を見てそう言った。

 基本的に永犬丸統志郎と永犬丸士織は別行動が多い。

 それは何故かと問われれば、永犬丸統志郎と永犬丸士織は住む家が違ったからだ。


 基本的に永犬丸統志郎は寮での生活をしており、永犬丸士織は次期当主という名目がある為に実家暮らしであった。


 現在は世間一般的に言えば夏休み上旬。

 寮暮らしの生徒は一度実家に帰っても良い事になっている。

 寮からの登校であれば兄妹揃って学校に来ることはあまりないが、実家からの登校ならば兄妹が揃って学校に来ることは珍しくはないだろう。


「そうだね 」

「我が妹と共に」

「登校できる事は嬉しいけれど」

「我が友がいない生活は」

「なんだか」

「寂しく感じしまうよ」


 既に寮生活に慣れてしまっているのか 。

 実家暮らしに関して違和感を覚えている様子だ。

 もう彼の日常の中では寮が故郷であり、その隣に八峡がいなければ物足りない人生に思えるのだろう。


「兄さんったら」

「家に帰っても」

「先輩の話ばかりするんです」

「それも楽しそうに 」

「まるで恋人みたいに話してるんですよ?」


 永犬丸士織は可笑しそうに、楽しそうに。

 嬉々として笑いながら八峡に向けて報告する。


「おー」

「まあ」

「似たようなモンだろ」

「俺とイヌ丸は」

「恋人以上に」

「大切な存在だからな」


 惜しげもなく、恥ずかしげもなく。

 八峡義弥は堂々と永犬丸統志郎の前でそう言った。

 永犬丸統志郎はその言葉を聞いて、嬉しく、誇らしげな表情を浮かべて。


「ありがとう我が友よ」

「しかしそれは無論」

「他の皆も同じ様に」

「だろう?」


 永犬丸統志郎は八峡義弥の理解者だ。

 当然ながら八峡義弥が口にした言葉の本質を理解している。


「あぁ」

「大好きだぜ」

「お前ら」


 茶化す様に笑みを浮かべて八峡義弥は其処に居る人間に告白する。


「ちょ」

「八峡、もうっ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめる葦北静月。


「流石先輩です」

「本来なら惜しむべき筈の愛の告白を初夏の朝っぱらからしてくるだなんて、これがラブコメならば一ページで終わるストーリー展開です。ですが先輩はラブコメ主人公であっても、この先の物語を続けて下さる素晴らしい展開をお見せ下さるのでしょう。私はそんな先輩が、いえそうでなくとも先輩の事を好意的に見てます」


 相変わらずの早口言葉である。

 しかしそれは往来の褒め称えの言葉ではなく、永犬丸士織は八峡義弥に好きと言われて頬を紅潮させて照れていた。

 彼女の口上は照れ隠しであったのだ。


「やあ」

「お待たせだ」

「我が友」


 永犬丸統志郎は脱ぎ捨てた衣服を再度着込んでいた。

 真っ白なカッターシャツが眩しいブレザー服だ。


「あ」

「兄さん」

「ネクタイ」

「締め忘れてますよ」


 永犬丸士織はそう言って、永犬丸統志郎の首周りに解かれたネクタイを締め直す。


「ネクタイは」

「首輪の様で」

「少し嫌いだね」


「我慢して下さい」

「……はい」

「これで大丈夫です」


 手慣れた手つきで永犬丸の首にネクタイを締める。

 八峡義弥はネクタイを装着した永犬丸は新鮮で、其処だけ見れば本当の清純派俳優の様に気高く品のある美しさがあった。


「……うん」

「ありがとう」

「我が妹よ」


 永犬丸統志郎はこれで服を脱ぐ事は無いだろう。

 少なくとも、自らの妹が結んでくれたネクタイを無下にする事は出来ない。

 永犬丸は多少の違和感を感じるだろうが、今日一日、脱ぐ事はしなかった。


 永犬丸統志郎と永犬丸士織、八峡義弥と葦北静月は校舎内へと入っていく。

 未だ夏特有の暑さを感じない時期ではあるが、校舎内の空調は既に熱中症対策として空調を利かせている。


 玄関前で、もう既に涼しいと感じてしまう程に、空調の温度は低く、風量は凄まじい。

 暫く四人で歩いていると、階段前で永犬丸士織が頭を下げた。


「それではみなさん」

「私は一階ですので」

「これで失礼します」


 永犬丸士織は八十枉津学園の一年生。

 八峡と永犬丸、葦北は三人とも二年生である為に、永犬丸士織とはこれで別れる事になる。


「あぁ」

「またな」


 八峡義弥は手を軽く振った。

 それに合わせる様に葦北静月も笑みを浮かべて手を振る。


「ばいばい」

「またねー」


 永犬丸統志郎は永犬丸士織に近づいて、その頭を優しく撫ぜた。


「それじゃあ」

「我が妹よ」

「また放課後に」


 そうして、八峡義弥たちは永犬丸士織と別れて二階へと昇っていく。


「本当に」

「出来た妹だな」

「イヌ丸」


 階段を登りながら八峡義弥は言う。

 永犬丸統志郎は自信たっぷりに頷き、嬉しそうに笑った。


「うん」

「ボクの」

「自慢の妹だよ」


 永犬丸統志郎がそう言った。

 永犬丸家の中で長男である永犬丸統志郎を見限らなかったのは彼女だけだった。

 だからか、永犬丸統志郎は何があっても妹だけは守りたいと思うし、彼女の望む事ならばなんでもしてあげたいと思っている。

 彼女、永犬丸士織は八峡義弥と並ぶ程に大切な存在だった。


「いいなぁ」

「私も」

「あんな妹」

「欲しかったなぁ」


 葦北静月は孤児院生まれであり、葦北家に引き取られた為には血縁が居ない。

 永犬丸統志郎と永犬丸士織の会話を見て、羨ましそうにしていた。


「……そうだな」


 八峡義弥は適当に頷いた。

 その頷きを確認した永犬丸統志郎は八峡義弥に詰め寄って。


「なら」

「我が友よ」

「ボクと義兄弟になるかい?」


 その言葉はつまり、永犬丸士織と結婚しないか、と言う誘いだった。


「バカ言うなよ」

「俺には勿体ねぇ」


 しかし八峡義弥はそれを簡単に躱す。

 そして、それ以上の会話を切り上げる様に、一人足早に階段を登るのだった。






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