第三話 道中
「八峡さ」
「今日は何するの?」
葦北静月は今日の予定を八峡義弥に伺う。
それを聞いて八峡義弥は頭の中から今後の予定を引き出すが、この後に待ち受ける事を思い浮かべてげんなりとした表情を浮かべる。
「狂人野郎と訓練」
と、八峡義弥は教師である贄波阿羅に対してそう言った。
贄波阿羅、八峡義弥を担当とする戦闘訓練の教官であるが、その本質はただ八峡義弥を虐殺し、日頃の鬱憤を晴らすだけの行為である。
「あちゃ……」
「大丈夫?精神的にだけど」
葦北静月も一度八峡義弥と贄波阿羅との戦闘を見ていたから、八峡義弥の鬱蒼とした気分は理解出来た。
朝っぱらからテンションの下がる八峡義弥を慰めようと手を伸ばす。
「触んな」
葦北静月は八峡義弥の頭を撫ぜようとしたらしいが、八峡がその手を払い除けた。
「あ………」
「……慰めようと思ったのに」
「そんな言い方は無いじゃん」
拗ねた様に葦北静月は言って唇を尖らせた。
「あのなぁ」
「そういうのはな」
「仲が良い奴らがするんだよ」
さも自分たちは仲が悪いかの様な言い方をする八峡。
葦北静月は眉を顰めて悲しい表情を浮かべると。
「私たち」
「仲良くないの?」
と言った。
「……いや」
「仲が悪かったら」
「一緒に登校してねぇよ」
じゃあ良いじゃん、と葦北静月が手を伸ばす。
葦北静月はつま先立ちで無理やり八峡義弥の頭に手を伸ばす。
「うわっ」
ふとした拍子だった。
葦北静月はバランスを崩して八峡義弥を押し倒したのだ。
「ぐおッ」
態勢を整える事も叶わず、八峡義弥は葦北静月の下敷きとなって地面に衝突する。
その際に、八峡義弥は無意識に葦北静月を庇ってしまった為に、葦北静月が八峡義弥の上に乗っかってしまう。
八峡義弥の体に、葦北静月の胸が押し付けられる。
「あわわっ」
「ごめんっ八峡」
「大丈夫?」
葦北静月が心配しながら八峡義弥から離れた。
八峡義弥は頭部を強打していて鈍い激痛が走りつつあったが、そんな事はどうでも良いことだった。
「なんか」
「元気出たわ」
「ありがとな」
主に下半身がである。
葦北静月の胸によって八峡義弥は救われたのだった。
葦北静月はお礼を言われて少し不思議そうにしていたが。
「?」
「元気が出たなら」
「良いけどさ」
八峡義弥は立ち上がり、葦北静月と共に歩き出す。
「やあ」
「我が友」
校舎前に差し掛かる時、八峡義弥を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り向くと、美青年が八峡義弥に向けて手を振りながら歩いてくる。
それは永犬丸統志郎だった。
少し癖の残る黒髪に、清純派俳優の様な容姿を持つ彼は、全裸だった。
初夏故に服を脱いでいるワケではない。彼は暇さえあれば服を脱ぐ変態だった。
しかし彼は全裸を見られるのが好きな露出狂ではない。
ただ生まれた時から服に対して違和感を持ち、生まれたままの姿が本当の自分であると信じて疑わない全裸主義なのだ。
「おう」
「イヌ丸」
八峡義弥は既に永犬丸の姿に見慣れたのか彼の姿に何か言う事は無かったが、しかし隣に居る葦北静月は顔を真っ赤にして顔を手で隠す。
「トシくんッ!?」
「その恰好はダメでしょ!」
葦北静月は永犬丸統志郎が全裸である事に慣れていない。
彼の姿を見ている葦北静月は恥ずかしさを感じていた。
「おや」
「機姫も居たんだね」
「これは失礼」
永犬丸統志郎は華やかに笑みを浮かべて自らの失態を恥じる。
永犬丸は基本的に歩きながら服を脱ぐ為に、来た道を戻れば彼の衣服が散らばっているのだが、今日は違った。
「兄さん」
「どうぞ」
「服です」
永犬丸統志郎の三歩後ろには、少し幼さが残るブレザー服の少女が男モノの服を持っていた。
それは、永犬丸統志郎が脱ぎ捨てた衣服であり、少女は、その衣服を持って永犬丸統志郎の後ろを歩いていたのだ。
「あぁ」
「ありがとう」
「我が妹よ」
そう言って永犬丸統志郎ははにかみながら妹である永犬丸士織から衣服を受け取る。
永犬丸士織。永犬丸統志郎の実妹であり、次期永犬丸家当主となる少女だった。
永犬丸統志郎に衣服を全て与えると、永犬丸士織は八峡義弥たちの前に立って頭を下げた。
「おはようございます」
「先輩がた」
「何時も兄がお世話になってます」
律儀に士織はそう挨拶をした。
永犬丸統志郎とは違って、癖の少ない彼女は一見として見れば普通の女子高生に見える。
「あ、ワン子ちゃん……」
「え、と、うん、おはよ」
葦北静月は目を細めながら言った。
彼女の視界には、永犬丸士織と、その後ろで着替えている永犬丸統志郎の姿があった為だ。
未だに少し頬を赤らめながら、彼女は永犬丸士織に挨拶を返す。
「おうワン子」
「元気にしてたか?」
八峡義弥が手を上げて、永犬丸士織の頭を撫でた。
永犬丸士織は八峡の手に触れられて気持ち良さそうに目を細める。
「ん、ふ」
「流石先輩です」
「後輩である私の扱いを良く心得ています。そうやって色々な人の心を掌握してしまうのでしょうね、けれど私は先輩のそう言った策略に対して否定する事なく受け入れます、先輩の撫で方はとても心地良く決して抗えずむしろ狂気的な魅力があり、一度体験してしまえばあとは病み付きになってしまう中毒性がありますから、ですから私は先輩の頭を撫でる行為が大好きです」
そう早口でまくし立てる。
一見普通そうに見える彼女だが、れっきとした祓ヰ師である。
祓ヰ師には何処かしらの異常性があり、特殊性癖や変態性の高いものが多い。
彼女の場合は八峡義弥に対する異常なまでの高評価さである。
八峡義弥の行動に対して、全てが彼女の評価に繋がり、好印象を覚えてしまう。何をしても流石と褒め称えるのだ。
「はは」
「意味分かんね」
八峡義弥は永犬丸士織の言葉を半分しか聞いていなかった。
しかし八峡義弥の辛辣な言葉すらも彼女は曲解して受け止めてしまう。
「先輩の知性では私の言葉など理解するに値しないという事ですか」
「流石です先輩」
そう言って永犬丸士織は八峡義弥を褒め称えるのだった。
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