第二話 登校
祝子川夜々が食卓に乗せたのはおにぎりの山だった。
同時に半分に切ったウインナーや卵焼きの切り身が乗せられた皿もある。
こちらの三皿は各自、自由に取って良く、セルフサービスの様なものだった。
八峡義弥は自分の皿を取ると、手掴みでおにぎりを掴む。
「あっつ」
おにぎりに触れた指先の腹を親指で擦る。
炊き立ての米で作られたおにぎりは熱々だった。
「八峡さん」
「お茶は何にしますかっ?」
祝子川が飲み物は何にするか聞いてくる。
八峡義弥は後ろを振り向き、冷蔵庫の方を見て言った。
「麦茶で頼んます」
彼の視線にある冷蔵庫が開かれると、其処から硝子瓶に入った麦茶が出された。
透明なコップに注ぎ込まれる色の濃い麦茶が並々に注がれた。
麦茶の冷度が硝子越しに伝わってくる。
八峡義弥は再びおにぎりを掴むと軽く会釈をしておにぎりを頬張った。
絶妙な塩加減、芳ばしい海苔のぱりぱりとした触感。深くおにぎりを噛み締めれば、中から醤油を浸した鰹節とゴマが出て来る。
「あー」
「うまいわ」
おにぎり一つだけでも手を抜かない、祝子川夜々の真剣さが伝わる絶品料理。
一個目のおにぎりを喰らうと、麦茶で流し込んで今度は別のおにぎりを掴む。
「たまんねぇな」
つい八峡義弥は口癖を呟く。
それはほぼ無意識であり、八峡義弥は自分がそんな台詞を口にした事すら気付かずに飯を喰らい続ける。
「あっ」
と、祝子川夜々が口を開いた。
何事かと八峡義弥はおにぎりを喰らいながら彼女の方を向く。
祝子川夜々の視線は、食堂前に立つ一人の女に向けられた。
音も無く、気配も感じず、まるで幽霊の様にゆるりと近づく肉質の良い女性。
「おー」
八峡義弥は彼女の姿を見てそう言った。
その姿はダボダボになった緩いシャツ一枚のみ。
丸みを帯びた豊満な胸が歩く度に揺れ、足が前進する度に、むちむちな太腿の奥からベージュ色の下着が見えていた。
「おぉ」
「たまんねぇな」
彼女の姿を見ながら八峡義弥はそう言った。
その言葉に彼女は特に意に介さず、そのまま席に座る。
「……んっ」
「ふぁ……」
こくり、こくりと、どうやら彼女は寝惚けているらしい。
毎朝決まった時間に目覚める習慣が身に付いているのか、半ば意識が無くとも体が勝手に動いてしまっている様子だった。
「よよっ?」
「葦北さんっ?」
祝子川夜々がお盆に味噌汁を乗せながら食卓に向かう。
彼女は、葦北静月と言う名前だった。
色々な部位の肉付きの良い、活発だが少し朝が弱い機巧師である。
「眠ったままじゃ」
「危ないですよーっ」
八峡義弥の前に味噌汁を置く祝子川。
彼女の分も味噌汁があるが、何時額をテーブルに叩き付けるか分からない。
その為、一度味噌汁を引っ込める必要があったが。
「………」
「仕方ねぇな」
八峡義弥は立ち上がると、葦北静月へと近づく。
そして彼女の稲穂色の前髪を上げて、手を思い切り振り翳し、ぺちんっ、と気持ちの良い音が弾かれる。
「いったッ!」
「起きろやボケ」
八峡義弥は葦北静月の頬を平手打ちした。
その一撃で目が覚めたのか、額に手を置いて悶える葦北の姿。
涙目になりながら八峡義弥の方を睨み出すと。
「う~~~~ッ」
「痛いじゃんかっ!!」
「バカッやかいッ!」
耳が不能になる程に大きな声が響く。
八峡義弥は耳の奥を小指で栓をしながら自分の居た席に戻ると。
「黙れ」
「寝てるお前が悪い」
「今ぁ食事の最中だぞ」
と、至極真っ当な事を言う八峡義弥に葦北静月は何も言えず、ぐぬぬと唸る。
そんな彼女の視線を無視しながら味噌汁をずず、と啜った。
「うめぇ」
ふと声に出してしまう。
それ程に、八峡の体に染み入る味だった。
食事を終えた後、八峡義弥は自室に戻ろうとする。
夏場の季節、本来ならば夏休みに突入している時期だ。
しかし八峡義弥は学園に向かわなければならない。
「はぁ……嫌だ」
「面倒臭ェわ」
憂鬱そうに八峡義弥は呟く。
これから八峡義弥は死にに行かなければならない。
これは決して比喩では無い、八峡義弥は、訓練と称する虐殺へと赴き、殺されてしまう運命にあった為だ。
「あ、八峡」
同じ様に食堂から出て来るシャツ一枚の痴女。
葦北静月が八峡義弥に向かって来る、八峡義弥は振り向いて葦北の胸を見た。
「おー」
「どした?」
「今日ガッコ行くの?」
葦北静月がそう尋ねて来た。
八峡義弥は二つ返事で答える。
「行くぞ」
そう答えると葦北静月は笑みを浮かべ出した。
「なら」
「一緒に行こうよ」
校舎まで同行しようという誘いだ。
八峡義弥は少し考えながら葦北静月の胸を見詰める。
「あぁ」
「別に良いぞ」
八峡義弥は軽い返事と共に言う。
葦北は八峡の返事に軽く頷いた。
「じゃあ」
「十五分後」
「玄関前に集合ね?」
葦北静月はそう八峡と約束を交わした。
そして一足先に葦北が階段を登り出す。
「……」
八峡義弥は彼女の背中を見ながら、ふと階段前でしゃがみ込む。
すると階段を登る葦北のシャツが動いて、ベージュ色の下着がくっきり見えた。
むっちりとした臀部を抑えるかの様な下着、八峡義弥はマジマジと見つめている。
「…もう少し」
「注意しとけよな」
葦北静月の姿が消えた所で八峡義弥も階段を上がる。
三階へと向かうと自室へと入る。
そして椅子に投げ掛けた学ランの長ズボンを着込む。
上着には適当に赤色のアロハシャツをシャツの上から羽織る。
それだけで登校準備は完了した。
そして、机の上に置かれた携帯電話を取る。
2005年ではとりわけ珍しくも無いガラケーだった。
その時代では最新機種の、スライド式の携帯電話である。
適当に操作をすると、メールが着信している。
中を確認する、差出人は八峡義弥の知り合いだった。
『おはよう、ございます、やかいさま』
と、慣れない携帯電話を使用していると分かるひらがな打ちのメール文。
八峡義弥は手慣れた様子で携帯電話を操作する。
『おう、おはようさん』
ものの十秒で簡単なメール文を打つと、それを送信した。
そして八峡義弥は携帯電話をズボンのポケットに突っ込む。
更に机の上に置かれた財布を長ズボンの後ろポケットに入れると、部屋を出た。
葦北静月の約束より十分も早く、玄関前に立つ。
その十分後、時間通りに葦北静月がやって来た。
「お待たせ」
「待った?」
その姿は、中学生時代から愛用していると聞くジャージ姿だった。
真っ赤なジャージに真っ白な体操服、そして真っ青なブルマが眩しい服装。
胸元に掛かれた葦北の文字が胸の圧力によって真横に伸び切っている。
「たまんねぇな」
思わず八峡義弥はそう言ってしまう。
葦北静月は首を傾げてその言葉を受け止めた。
「なにそれ?」
「気にすんな」
「おら」
「行くぞ」
そうして、八峡義弥と葦北静月は玄関から出ようとして。
「あ」
「八峡さんっ」
「葦北さんっ!」
「行ってらっしゃいませっ!!」
食堂で洗い物をしていた祝子川夜々が顔を出した。
割烹着のお腹のポッケからぶら下げたタオルで手を拭きながら二人の登校を見守る。
「行ってきまーす!」
「じゃあ、行ってきますわ」
二人はそう祝子川夜々に挨拶をして玄関を出る。
二人は足並みを揃えて、学園に登校するのだった。
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