第十話 九重花久遠編・終わり

 


 八峡さん。


 いえ、義弥さん。


 おはようございます。


 朝です。快晴の空が、あなたを待ってますよ。


 おはようございます。義弥さん。


 ……私の顔を見て、どうか、されましたか?


 なぜ、そんなに、表情筋を、強張らせているの、ですか?


「昔の夢を見た」昔、それは、もしや、学生時代の、頃、でしょうか?


 実は、私も、過去の記憶を、夢、として見ました。


 そのせいか、義弥さんを、昔の呼び方、八峡さん、などと言ってしまいましたね。


 私も、今では八峡久遠であると言うのに。


 昔の私は、どうでしたか?今より、若かった、でしょう。


「昔のお前、表情が硬いな」そう、でしょうか?


 私の記憶は、実の所、あなたと出会った頃しか、憶えてないのです。


 全てがどうでもよく、定められた未来を、なぞる様に生きていた。


 その時の私は、まさに、死んでいる様に、生きていたのです。


 けれど、あなたと出会って、私は、この色を帯びない冷めた世界に、意味を見出せたのです。


 私の人生は、あなたによって、始まったのですから。


「思い出した、お前が俺を選んだ理由って顔が良かったから、だったよな」そ、その様な事まで、憶えていたのですか。


 はい、確かに、私があなたを選んだ理由は、やはり、顔、でしたね。


 けれど、今になって、それは違う、そう言えます。


「今の俺は顔をはぎ取られた包帯男だからな」えぇ、まさか、逆上した元婚約者が、私に復讐をしに来るとは、思いませんでした。


 でも、それ以上に、あなたが、命を賭けて私を救いに来てくれたのが、何よりもうれしい。


「そのお陰で顔が剥がれたけど」顔の無いあなたは、素敵ですよ。もちろん、顔があった頃もですが。


 今の私は、今のあなたの方が、大好きです。


「だけど、やっぱりあの最後、本当はお前一人で倒せたんじゃないのか?」……はい、本当は、私一人でも、元婚約者を圧する事が出来ました。


 出来ましたが……無理に動く事は、出来ませんでした。あの時、私は既に、子を身籠ってましたから。


 あなたを襲い、既成事実を作り、見事あの一回で、懐妊出来ました。


「あの時は怖かった、本当に怖かった」すいません、私も、恋をするのは初めてだったので。


 私の感情を抑える事が、出来なかったのです。


 けれど、その暴走の結果が、こうして、愛する人の傍に居れて、愛する人の子供に囲まれて、幸せに、包まれている。


「子供が三人、犬が一匹、大きな屋敷で幸せに暮らしました、ってか」はい、その様な絵物語が、実際にあるとは、思いませんでしたが。


 私は、今の現状が、幸せの絶頂期であるなど、その様には考えていませんよ。


 あなたと出会い、あなたと共に暮らし、あなたの為に毎日を生きている。


 私の人生は、時間と共に幸せが溢れていく。きっと、これから先も、私の幸せは満ちていき、餓える事はないでしょう。


 この生涯、最後まで、私の人生は、幸せに満ち足りている。あなたと共に。


「これから先も、よろしくな」はい、これから先も、どうか、八峡久遠をよろしくお願いしますね。


 それはそうと、義弥さん、今晩は、四人目に挑戦しませんか?


「いや、今晩は、仕事が」でしたら、早々に終わらせてください。


 私も手伝いましょうか?「いや……」逃がしませんよ。


 なんなら、今からでも、構いませんよ?


「勘弁してくれ」勘弁しませんよ。


 二人で、幸せのカタチを、築きましょうね?


 ねぇ、義弥さん。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る