九重花久遠編

第一話 九重花久遠編・始まり

 

 ―――ギィ……ギィ……―――


 …………そちらに。


 そちらに、居るのは、どなたですか?


 ……………………。


 この公園に、一人、お散歩ですか。


 それは、少し、見苦しいものを見せてしまいましたね。


 ……「何故泣きながらブランコに乗ってんすか?」ですか。


 座る事が出来れば、どこでも良かった、とでも言いましょうか。


 泣いているのは、私が、泣きたかったからです。


「無表情で涙を流してるの怖いんですけど」そうですか。


 私はあまり、感情を表に出さない人間ですから。


 ですが、この涙ばかりは、止める事は出来なかった。


 泣いてる姿を、本家の皆様に見られたくないから、この公園に来たのです。


「なんで泣いてんすか?」……私は、あと数か月もしない内に、二三回あっただけの人間の元に嫁ぐのです。


 いわゆる政略結婚でして、私は家系の為に好きでもない人間に服従を誓わなければならない。


 ………それは別に良いことなのです。


 祓ヰ師として生まれた以上それが宿命。抗う気など毛頭ありませんから。


 私が泣くのは、私は何も出来ぬままに、人生を終えてしまうと実感しているから。


 私は、多くの習い事や知識を蓄えて見識を広めていきましたが……。


 誰かを愛する。恋を抱く、その様な現象だけは、まだ体験していないのです。


 恋とは、好きな人に抱く情意。愛とは、好きな人に捧ぐ熱意。


 ………嫁いでしまえば、もうその様な感情を覚えてはならない。


 それが悔しくて、悲しくて、仕方無いのです。


 …………………もし。


 あなたさえ良ければ……私に、恋を教えて下さいませんか?


「え、やだ」………そうですか。つまらぬ事を言ってしまいましたね。


 ………忘れて下さい。またお会い出来る機会があれば、また………。


 ―――ギィ……ギィ……――――


 ―――……ぽろぽろ……―――


 ――ぽろ、………ぽろ、…………――


 ―――タッタッタッ――――


 ………先程の。どうか、されましたか?


「分かった」なにが、分かったのですか?


「さっきの話」先程の、私のお願い、ですか?引き受けてくれるのですか?


「引き受けるから泣くな」それは、私を慰める為に?


「普通に、怖い」……夜中の公園で泣く女が、怖いのですか。


 分かりました、では、泣き止みましょう。


 私の我儘に付き合って頂き、ありがとうございます。


 えっと……名前を伺まっていませんでしたね。


 あなたのお名前は……八峡、義弥、さんですね。


 私は、九重花くえのはな久遠くおんと言います。


 これから、よろしくお願いしますね。


 ……え?「何故俺なんすか」ですか。


 それはですね。顔です。


 顔が私の好みだったから、です。


 だから、八峡さんとなら、素敵な恋が出来る、と思いまして………どうしたんですか?項垂れて。


 えぇと……八峡さんは、格好良いですよ?


 だから、落ち込まないで下さい。


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