第十話 多禮千年世編・終わり
はい。今日のお仕事はこれで終わり。
みんなお疲れ様。また明日もよろしくね。
私は資料を片付けて置くから、生徒会室の鍵は置いておいてちょうだいね。
おつかれ、おつかれ、おつかれさま、みんな。
………ふぅ。疲れるなぁ……。
……早々と後片付けをしましょうか。
―――――。
今日も寒いわね。鉛の空が何処までも続いている。
今夜はきっと、雪が降りそうね。
………よーくん?
……いえ、そんな筈はないわ。
だって、私を待つ理由なんてないもの。
……こんばんわ。「あ?」こんな時間にどうしたのかしら?
「別に何も」そう。今日は雪が降るかも知れないから、早めに帰った方が良いかも知れないわ。
「あー、そうすか」えぇ。それじゃあ。
………ほら、彼は憶えていない。
最初から期待なんてしていないけれど。
こうして事実を知ると、こんなにも心が痛んじゃう。
悲しいわ。ぐすんぐすん、なんて。
もうそんな真似をしても意味なんて無いのに。
……よーくん、防寒着してなかったな。
今日は一段と冷えるから、あのままだったら風邪を引いちゃうかも知れない。
………マフラー。これくらいなら、私の力も、見逃してくれるわよね。
「なんか用すか」ええ。こんな寒い中、外に居ると風邪を引いちゃうわ。
だからせめて、暖かいものでも体に巻き付けておきなさいな。
「はぁ……」うん、これで良し、と。良い事をしたわ。
さながら、お地蔵さまに笠をあげる様な、そんな清々しさがあります。
という訳で、私からの用事はこれにておしまい。
それじゃあ。また出会ったら。「あー……はい、えと……」
「ちぃ姉?」――――ッ。え?
「……?なんだ、今の感覚」……ねえ。
あなたは憶えているのかしら。「……なにを?」……いえ、なんでもないの。
………ねぇ。少しだけ私のお願いを聞いてもらっても?
「おねがい?」そう難しい事じゃないの。
ただ、あなたを抱き締めさせて。「は?なんすか急に」それだけで良いから。それで私は十分に救われるから。
「……まあ、マフラーくれたし、良いっすよ」……ありがとう。じゃあ。抱き締めるわね。痛かったら言って。すぐに離すから。
―――。
ああ……暖かい。……この髪を撫ぜるのも久しぶりね。
「何の話だ?」……なんでもないの。
ただ昔の事を思い出しただけだから。あなたには、関係の無い事だから。ただこの抱擁が、懐かしい。
「懐かしい、ね」えぇ、あなたを抱くと、その懐かしさが良く思い出せるから。
「……俺も―――」………おれも、なあに?
「なんだか、懐かしく思えるよ」なにを、懐かしく思えるの?
「あんたの鼓動を聞いた事がある気がする」
「あんたの体温を、ずっと前から知ってた気がする」
「あんたの匂いが、何故か懐かしいんだ」………それは。
「なんでだろうな」それは……きっと、気のせいよ。
私と貴方は、初めましてでしょう?
名前すら知らない。はじめて出会ったから。
だから、貴方が懐かしさを感じるのは間違っている。
「そうか」えぇ、そうよ。
「それでもな」……それでも?なあに。
「不幸でも良かった」……っ。
「一生一緒に居たかった」
「あんたを見ると、そう思っちまう」
「なんでだろうな」………なんでなのかしらね。私にも分からない。
………グスッ「なんだよあんた、泣いてんのか?」……えぇ、泣いてるの。
ぐすん、ぐすん。今日は悲しい事が沢山あって、涙なしには語れないわ。
「嘘泣きか?」……ばれちゃった?
そう、嘘泣き。私は、そういう女だから。
今日はありがとう。おかげで私は救われたわ。
「そうすか、まあ、良かったっすわ」えぇ……ねえ。
あなたは、誰かと待ち合わせをしているの?
「え?」だって、あなた、ずっとここで待っているでしょう?
一体、誰と待ち合わせているのか、気になるじゃない。
「あー……誰も待ってないっすよ」……誰も?
「何か知らないんすけど、俺、此処に居るのが好きなんすよ」
「誰かが迎えに来てくれるのを、心待ちにしてたんだ」………誰か。名前も、顔も分からないのに、誰かを待ち続けているの?
「そうっすよ、なんとなくっすけど、それが俺の幸福だったんだって思うんすよ」
来るまで待ち続けるの?それは辛くないのかしら。「知らないんすか、辛いっつー字に一本足せば、それは何時か、幸せになるんすよ」…………。
………あぁ、そっか。あなたは、そんな子だものね。
ねえ。もしもその待ち人が私だったら、一体どうするのでしょうか?
「あー……そりゃ最高だ、美人が待ち人なんてこれ以上ない素敵な話っすわ」えぇ、私もそう思うわ。
だからね、今日は私と一緒に帰らない?今日はあなたの待ち人になりたいの。
「え、マジすか。帰りましょうか、えぇと……名前は?」私?私は、私の名前はね。
多禮、多禮千年世。
誰かのお姉さんで、誰かの幼馴染な生徒会長。
はじめまして、そしてこれから、よろしくおねがいするわ。
………よーくん。
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