第6話 霊山禊編・折り返し地点

 

 ………どちら様ですか?


 そのお声は………あぁ、八峡様。


 申し訳ありません。この瞳が光すら届かず八峡様の顔を見る事が出来なかったので………。


 はい。呪いの影響でして、視覚は二度と回復する事は無いでしょう。


 ………白純神社の巫女になるとはこういう事。醜いお姿をお見せしてしまいましたね。


 別に悲しくはありません。これが私の宿命なれば。受け入れる覚悟は御座いました。


 それに瞳が見えなくなったとは言え、私には禍憑から得た空間網羅があります故。生活において不自由な事はありません。


 言い方を変えれば目が開いていた時よりも見えている、とでも言いましょうか。


 コツさえ掴めば、生物に流れる神脈を見極めて識別も可能となります。


 なので、そう悲観する事はありませんよ。


 ………小説、ですか。


 …………………。


 本音を言えば、それだけは諦める事が出来ませんでした。


 私が呪いに犯されて体が朽ちていく宿命に異論はありません。


 ですが一つの楽しみを奪われると言うのは、これ程までに絶望が押し寄せてくるものなのですね。


 今も少し、動揺が隠せません。


 …………けれど良いのです。


 私はもう、字を読む事は出来なくなりましたが。


 共通の趣味を持って下さる八峡様が私の分まで本を楽しんで下されば幸いなのです。


 同じ本を共有し、雑談なので花を咲かせる事は出来なくなりましたが。


 …………八峡様、なにを?


 あ………この、言葉は………この、文面はっ


 八峡様、これは『空絵』ですか、目の見えない私の為に、朗読をして下さるのですか?


 ……………お優しいのですね。


『ガラガラ声で悪いな』だなんて。私はそんなの気にしません。


 八峡様の声が小説の世界を作り上げてくれる。目の見えない私が、脳裏で思い浮かぶ風景をより鮮明に具現化させてくれる。


 この世界の風が肌で感じられる。建物や歩き出す人たち。耳に聞こえる車の音や工事作業。主人公が、物憂げな顔で歩いている……………。


 あぁ………この世界は、美しい…………。


 ……………………………。


 ありがとうございます。八峡様。


 私は、貴方の声に救われました。


 ………お願いがあるのですが。


 その、またこうして、小説の朗読をしてもらっても?


 ……………八峡様、ありがとうございます。


 クスクス―――あぁ、本当に。


 私は、貴方に出会えて良かった。


 私の様な醜いモノでも、貴方は変わらず接してくれる。


 私の失ったモノを、貴方は私の為に補ってくれる。


 八峡様、この様な私でも、貴方との時間を楽しんでも良いのでしょうか?


 ……………………………。


 去られましたか。空間網羅から八峡様の姿がお見えにならない。


 ……………―――クスっ。


『当たり前だ』………クスクス―――八峡様が仰りそうな言葉です。


 八峡様。


 八峡さま、やかい様…………。


 ………何故でしょうか、貴方の事を想えば、私の鼓動が早くなる。


 これは…………何と言う言葉で表せば良いのか。


 あぁ………八峡様。


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