「いかずちの杖」「木刀」「すああま」

「いってきまーす!」

元気よく飛び出してきたおとこのこ。右手には木刀、左手には福引きでもらった「宝の地図」が握られています。腰に下げたカバンには、おやつに食べる大好物のすああま。小さな勇者の、小さな大冒険のはじまりです。


実はおとこのこは、地図が本当に宝の地図だとはあまり思っていませんでした。というのも、福引きでは子供たちに地図がよく当たるのですが、福引きでもらう地図はたいてい町内会の人やなんかが用意したお菓子があるくらいの、いわばニセモノの地図だったからです。それでも、お菓子をもらえるのは悪くないし、地図を見ながら冒険するというのはやはり特別なものなのでした。それで、おとこのこはわくわくしながら家を出ました。


今日の地図に記されている場所は、どうやら町の外れのようです。おとこのこは意気揚々と街の中を進んでいきます。だんだん建物がまばらになり、どきどきが大きくなってきた頃、道端に石像が立っているのに気がつきました。地図によれば、ここからは道をそれて森に入っていかなければいけないようでした。おとこのこは休憩をとることにして、カバンからすああまを取り出しました。


「うーん、あまーい!」

おいしそうにすああまを頬張るおとこのこ。

「…?」

ふと、視線を感じたような気がして辺りを見回します。しかし、辺りに動くものの気配はありません。

「おかしいなあ…」

おとこのこは気配を感じることに関しては自信がありました。一瞬、確かに視線が向けられたと感じたのです。薄気味悪いものを感じたおとこのこは、せめて気を楽にするために石像にすああまをお供えすると、森に入っていきました。勇者たるもの、途中で冒険をやめるわけにはいかないのです!


地図をたよりに森を進んでいくと、やがてぽっかりと口を開けた洞窟が姿を表しました。どうやら、お宝はこの中にあるようです。おとこのこは迷わず中へと足を踏み入れます。不思議なことに、洞窟の中は仄青く光っていて、苦もなく進むことができました。


やがて少し開けた空間に出ました。中心には、黄色いギザギザのついた棒が1本と、いくつかの壺がありました。

「やった!お宝ゲットだ!」

おとこのこは目を輝かせて叫びました。それが本当にお宝かどうか、そもそも何なのかもわかりませんでしたが、冒険の末に手にしたものなのですから、お宝に違いありませんでした。

「こっちの壺は何かな?」

中を見てみると、どうやら透明な液体が入っているようでした。見た目から言って、水に違いないと思われました。

普段はプォンジュースやミノ牛乳が置いてあることがおおいので、珍しいなとは思いましたが、ちょうどのども渇いていたおとこのこは深く考えずに壺の中身を飲みました。


「…!?おえ…変な味がする…」

少なくとも、中身は水ではなかったようです。それは苦いような辛いような、少し甘いような、変な味がしました。

変なものを飲んでしまったおとこのこは少し不安になりましたが、飲んでしまったものは仕方ないので、お宝を持って家に帰ることにしました。勇者たるもの、あまり細かいことを気にしてはいけないのです。


しかし、しばらく歩いているうちになんだか変な感じがしてきました。めまいがするし、なんだかとても眠いのです。洞窟の出口はすぐそこですが、それさえも遠く感じます。

「…ちょっと、お昼寝していこう…ちょっとだけ…」

普段はあんまりお昼寝しないのにな、と思いながら、おとこのこは洞窟の床に横になって、寝てしまいました。








…どのくらい経ったのでしょう。おとこのこがはっと目を覚ますと、雨の音がしました。

「んん…お母さん、ご飯まだ…?…はっ!?」跳び起きたおとこのこは、外がすっかり暗くなっていることに気づいてとても慌てました。

ちょっと冒険をするだけのはずだったのにこんな時間になってしまって、お母さんが心配しているでしょう。おとこのこは家に向かって走り出しました。


降りしきる雨の中、森をすごい勢いで走り抜け、見覚えのあるシルエットが見えてきたときです。

「あっ…!」

折からの雨で滑りやすくなっていたのか、おとこのこは盛大に足を滑らせました。ずさーーっと草の上を滑ります。

「…うぅ」

幸い大きな怪我はないようでしたが、すりむいた手足がひりひりと痛みます。宝の地図はぼろぼろになり、もう読めそうにありません。それでも男の子はすぐに前を向き、走り出しました。勇者たるもの、簡単に泣いてはいけないのです。


その瞬間、


どおおおぉぉぉぉん!

とものすごい音がして、辺りが一瞬真っ白になりました。

「うわっ!?」

見ると、さっき見えたシルエットが明るく光り輝いています。それは神秘的で、心奪われる光景ではありましたが、しかしさっきの音はただごとではありません。というか、たぶん雷が落ちたのだとおとこのこは察しました。おとこのこは石像の横を駆け抜け、家への道を走り出しました。心なしか、さっきまでよりも速いような気もします。いかに勇者といえども、雷に打たれればただでは済みません。



しばらくして家に帰ったおとこのこは、扉を開けるのを、ちょっとためらいました。勇者といえども、お母さんに怒られるのは怖かったのです。

「…よし」

覚悟を決めたおとこのこが扉を開けようとした瞬間、勝手に扉が開きました。

「あっ…」

お母さんは何か言おうとしましたが、ボロボロのおとこのこと、握りしめた杖を見ると、黙ってポーションを持ってきて、飲ませてくれました。そしておとこのこを抱き締めて、「おかえりなさい」

と言ってくれました。


それまで一粒の涙も流さなかった勇者は、そのとき初めて、大粒の涙をこぼして、たくさん泣きました。そして、しばらくすると泣き疲れて眠ってしまいました。そんなおとこのこを、お母さんは全てを悟った目で見つめていました。




…おとこのこの家の前で大量のすああまが見つかるのは、次の日の朝の話。

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