願い

この遠い空の向こうで、君ともう一度

 けもの暦2025年、第11銀河『アニマルバース』はあざらしの炎に包まれた。


 主人公ゴマ=ゴマフは、宇宙湾港都市『ゴマトピア』にて星間運送業を営むごく普通のアザラシ。

 軍神の如き剛力無双と、冷徹にして残虐の精神を以て狙った獲物は決して逃がさず、パロディ、オマージュ、悪質なパクりを躊躇しない。


 ある日、ゴマトピアは謎の組織『五輪ウールン』による攻撃を受ける。

 ゴマは街を守るために戦う中、とある動物の女の子と出会い……。


 何やかんやで銀河を揺るがす一大事件に発展し、何やかんやで死にかけたり仲間も全滅したりしたが、何やかんやで上手いこと復活して悪は滅びた。

 そして、古代種・ヤルダモが遺した生物兵器『あざらし』は、銀河に伝わる幻の至宝―――統制剣・アルヴキュリアから発せられた"命令"によって、遍く広い宇宙へと飛び立っていった。


 ある一人の少女によって"愛"を教えられた彼らは、もはやかつて恐れられたような破壊の化身ではなく、ただのカワイイもふもふの生き物として日々を過ごすだろう。

 世界に平和が訪れたのだ―――――。




――――――――――――――――――――――――――――――




 それが、この銀河で起きた出来事ものがたりの顛末。

 あるべき平和があるべき世界に取り戻された、少なくともこの戦いを生き残った人々にとっての―――いや、動物けものたちにとっての大団円ハッピーエンド


「―――――ゴマ」


 大神ヴァハトマ・ベルヒドゥエンは滅びた。

 七星神器セブンス・クェイサー、もとい旧人類ヤルダモが残した『10の遺産』は今、


「うん」


「まずは、ありがとう。一緒に戦ってくれて」


 全部が終わった後、言うべきことは決めていた。

 私たちの旅は……もう少しだけ続く。


「……けど。ごめん」


AZARACIOUSアザラシャス GOMAIVERゴマイバー Ωオメガ


 神器が一つ、融星鏡・アルヴディアスを顕現させる。

 バックル型の機械装置を腰へ。ベルトが射出されて半自動的に締まる。


「リン……様?」


「ん、そっか。セラにも、ピヨにも、ウーノにもだね。いや……実際、謝ったところで済む話でもないけどさ」


 ベルヒドゥエンを倒した後、辺りの景色は一変していた。

 暗い虚空に浮かんでいたベルヒドゥエンの神域ではなく、見渡す限り一面の花畑。足元には色とりどりの草花、頭上にはどこまでも広い抜けるような蒼穹あおぞら

 こんな状況でなければ、いつまでも眺めていたい風景だ。


「今の私には、ン・ソとタムクォイツェーンがある。アルヴディアスだってこうして使える。意味は―――わかるよね」


 セラが弾かれたようにこっちを見た。いつも感情を表に出さない天使の、貴重な驚き顔だ。

 ゴマとウーノは意味深に沈黙している。ピヨは何でか微妙にわかってない感じだった。


「ゴマ。あんたには色々と世話になった。一緒に居て食べるには困らなかったし、いま思えば、あのゴマトピアに住んでて何の危険も感じなかったのだってそう。あんた自身はそんなつもり無いのかも知れないけど、結果的にこうして、アニマルバースを救いもした」


 ……そして、あえてここでは言わないけれど。

『あざらし』を創ったのが、ヤルダモ―――私が元居た時代、『新星暦』からなら、きっと……。


「───それでも、私はあんたを許せない」


 アルヴディアスアザラシャスゴマイバーのユニット右側、神性点火スイッチ『アウェイキング・ジェネシス』を押し込む。


Ignitionイグニッション


「リボーヌの……『あざらし』が奪ってきたすべての命、壊してきた未来のために」


 セラが設定してくれた管理者権限はまだ生きている。

 ユニット天面に設けられた多次元センサー『ブレイヴ・メトリクサー』に親指を押し当て、生体情報を認証。


Set,Go beyondセット、ゴー・ビヨンド


「それから、のために。あんたを倒して───この宇宙を創り変える」


 ヤルダモの10の遺産。銀河に伝わる至宝に宿った、大いなる力を総動員して……しかし、届くだろうか。

 七星の最強種を下し、数多の神々を屠り、ついには広大無辺なる多元宇宙マルチバースの掌握者さえも打ち破ったこのあざらしに。


「リン様っ……!」


「よせ、セラ。


「ピヨ様、しかし!」


「セラ」


 ゆっくりと振り向き、微笑みかける。

 すぐに視線を前に戻した。次にセラの顔を見たら、決心が揺らいでしまいそうだったから。


「行くよ、ゴマ」


「あぁ」


 圧力が、高まる。

 人間の赤ん坊にも等しいもふもふの矮躯から、三千世界を焼き尽くす虹色の炎が燻り始める。


「─────身化転変メタモルフォーゼ!!」




――――――――――――――――――――――――――――――




GOMASTAR-LIZEゴマスターライズ!!〉


 大神ヴァハトマ・ベルヒドゥェンとの戦い、その最中に幾度となく行われた進化を経て、融星鏡・アルヴディアスゴマフライザーはひとつの極点へと到達した。


Ultimate evolutionアルティメット・エボリューション! The worldザ・ワールド・ in your handイン・ユア・ハンド―――CELESTIAL NEXUSセレスティアル・ネクサス!!〉


 剣の如き角と、黄昏めいた山吹色の複眼を備える頭殻。頭部から胴体と四肢を覆う、純白の戦闘用外骨格。伸縮性と衝撃吸収に優れた漆黒の強化皮膚。

 全身を輝く装甲によろわれたその姿は、あるいは今は亡き多元宇宙の掌握者の戦闘形態とよく似ており―――しかし、明確に異なる光を湛えていた。


Get readyさぁ、戦いの for―――fight用意は出来ているか!〉


「当たり前だろ」


 リンの身化転変メタモルフォーゼが完了するが早いか、あざらしの剛ヒレが少女を目掛けた。天体をも砕く規格外の膂力をに集中した絶対破壊のヒレ

 防御は間に合った―――しかし、圧倒的な硬度を誇る『アルミラージの神鉄』の鎧と、永劫核ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデより供給される無尽蔵のカズムタイトによる防護が無ければ、リンの五体はたちまち素粒子へと分解されていただろう。


「へぇ、やるじゃん。けどいつまで保つかな」


「私は負けない。あんたに……勝つ!」


 銃剣『アーク・ゴマル・ガンブレード』と光盾『ゴマギウス・シールド・スペリオル』を顕現させ、リンは神をも殺す無窮の絶対者へと挑みかかった。


「クハハハハハハ!! その意気や良し、だが……獣も、天使も、竜も、神でさえ僕を殺せなかった。もう一度討ち果たせるか!? このゴマ=ゴマフを―――!!」


 天弓にじの炎が渦巻き、密度を増し、ゴマの周囲にエネルギーで編み上げられた数多のヴィジョンを象る。

 それは剣であり、槌であり、槍であり、砲であり、鎧であり、炉心であり、魔法の杖であり、万象を見通す観測儀であり、光を束ねる星であった。

 ゴマ=ゴマフが喰らい、滅ぼし、呑み込み、自らの内に刻んできたすべて。5000兆匹の『あざらし』、アニマルバースとそれを取り巻く宇宙が、ゴマ=ゴマフの形を成したもの。


「はああぁぁぁッ!!」


「GOMAAAAAA!!」


 ゴマのヒレとリンの剣が激突する。

 突風、という形容ですら生温い。天をおおう蒼穹そのものが割れ砕けたかのような凄まじい圧力が、広く広くどこまでも拡散する。

 炎弾と光刃が絶え間なく閃き、空間中に衝撃が走る度、色とりどりの花弁が舞い散っていく。


「GOMA―――BEAAAAAAAAAAAM!!」


 吹き荒れる花弁の嵐の中を、あざらしの王が飛翔する。

 放たれるは、星砕きの拳と並ぶゴマ=ゴマフの十八番にして代名詞たる裁きの光―――集束カズムタイト砲撃。

 次から次へと降り注ぐ熱線を、リンは『ゴマギウス・シールド・スペリオル』から展開した力場で防ぐ。

 しかし、攻撃性の権化であるゴマ=ゴマフに、生半可な防御は時間稼ぎにもならない。


「まだまだっ」


 このままでは耐え切れないと悟ったリンはすぐさま防御姿勢を解き、永劫核ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデの権能を解放した。

 無尽蔵のカズムタイト供給により、戦闘服バトルスーツの各所から生じた大推力が、リンの身体を高空へといざなう。


「もっと―――」


 同時に、刻命界ン・ソの権能を解放。

 時間の面では、加速と停止―――自らはどこまでも速く、逆に相手はどこまでも遅くなり、絶対的な速度差を発生させる。

 空間の面では、跳躍と延伸―――自らの攻撃は空間を超えて必中し、逆に敵の攻撃はを無際限に遠ざけ、あるいは捻じ曲げることで狙いを外す。


「これで、どうッ!!」


 さらにリンは、万色杖フワラルネストラーベと燎嵐鎚ベティエヌを融合させた異形の魔杖『ゴマルクスケイン』を召喚した。

 たちまち撃ち出される有形無形の魔術、呪い、奇跡には、羅占槍タムクォイツェーンの力が宿り、与えた傷を『』ことで治癒を許さない。


 それでも、なお―――――。


「GOMAAAA……!」


 万物を滅する致命の刃に刻まれ、天地を焦がす星光の矢に穿たれ、時間停止の鎖に縛られ、無限空間の壁に阻まれ、治癒不能の呪いを受けて。

 神器がもたらす世界改変の権能をこれでもかというほどに浴びながら、その一切を意にも介さず、ただ眼前のリンを屠るために猛り続けている。


 これが、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフ。

 如何なる秩序にも摂理にもまつろわぬ、絶類無窮なる叛逆の牙。




――――――――――――――――――――――――――――――




 何人をも立ち入ることの赦されない、神域の闘争。

 ピヨ様が止めたのも理解できる。わたしがあれに割って入ったところで、殺されたことにも気づかないまま跡形もなく消滅していただろう。


「相対距離、300……2000……いえ、もっと―――これは……」


 ヴァハトマ・ベルヒドゥエンとの決戦にも匹敵するだけの破壊を次々に巻き起こしながら、特異点そのものが崩壊する様子は無い。それどころか、すぐそばで見ているわたしたちにさえ、何の影響も及ぼしていない。

 いや―――実際には違う。ここは物質やエネルギーが存在する以前、限りなく虚無に近く、故に本来ならが存在する領域。いわば『』『』とでも呼ぶべき場所で……。


「我々の方が遠ざかっている。この領域そのものが果てどなくしている。の瞬間に立ち会えるとは、実に光栄だ」


 ウーノ様がぽつりと呟いた。

 確かに、どれほど探知範囲を広げても、無限小の無だけがあった―――すなわちは物質も空間も次元すら存在しなかったこの特異点の外に、新たな反応が生まれつつある。


「最後の一撃を放つためにベルヒドゥエンが焼却したもの……タムクォイツェーンから失われた『世界の記憶』が、ボスとリンさんの戦いを通じて、多元宇宙へと返還されているわけですか。ということはこの場合、宇宙の誕生ではなく再生ですね」


「ゴマの奴はそんなこと考えない。リンも知ったこっちゃねぇはずだが、そうだな。をしてる奴には、自分のやるべきことってのが何となく理解できるもんだ」


 まだ目に見える範囲の、しかし既に何百万、何千億光年と離れてしまったマスターとリン様を眺めながら。

 ……届かない。もう永遠に。そして届いたところで、きっとわたしに出来ることは何も無い。


「―――セラ」


 ピヨ様が、いつになく優しげな声で言う。

 ウーノ様が、いつになく驚いたような顔で、わたしを見ている。


「お前、泣いてるのか?」


「え」


 頭上で、マスターの放った集束カズムタイト砲撃が、ついにリン様を捉えた。防御姿勢を取る暇もない完全な一撃。

 しかしリン様も止まらない。損傷した戦闘服バトルスーツの自動修復を待つ時間すら惜しむように吶喊すると―――両手に携える複合銃剣と特殊メイスが融合し、分厚い刃を持つ大剣に変形した。


「そうか……悪かった。お前にも、大切にしたい気持ちはあるよな」


「い……いえ。その……わたし、は」


 リン様がマスターに斬りかかる。マスターはヒレで応じ、拮抗した……ように見えた。

 競り合いは一瞬のことで、剣を大きく弾かれたリン様の頭部に、追撃の一打が命中した。兜が砕けて素顔が覗く。

 さらなる追い打ちが腹部へと叩き込まれ、苦鳴と共に吐き出された鮮血が怜悧な美貌を汚す。


「ウーノ、頼めるか?」


「もちろんですとも。不肖ウーノ・レグレス―――この戦いのすべてを見届け、裁定し、未来永劫に記憶すると誓いましょう」


 上位者ハイパー・ビーイングの如き規格外の性質は持たないにせよ、宇宙最後の正当な所有者ヤルダモとして『10の遺産』の権能を引き出しているリン様の力は、恐らく完全状態のヴァハトマ・ベルヒドゥエンにも匹敵する。

 その上でマスターは、彼女と『遺産』の力を借りなければ勝てなかったような相手を圧倒していた。


「セラ。俺とお前の翼なら、きっと宇宙の果てにだって届く」


 原因不明のカメラアイの不調、滲む視界の真ん中で、ピヨ様の姿が変貌した。

 燃え盛る紅蓮の翼を広げたおおとり。不死なる炎に祝福されし、宇宙で最も上位者ハイパー・ビーイングに近しい種・ファルネクスとしての本性を剥き出しにした―――そして、かつて一族を放逐された彼にとっては、極めて姿。


「行こう。あいつらを……俺たちのを、迎えに」


 アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフの戦力評価……観測限界を遥かに超越して数値化不能。

 彼我の戦力差は並べることすら烏滸がましく、どれだけ再演算しても、すべての論理回路が『ノー』という変わらぬ答えを突きつけてくる。


 それでも─────それでも。


 脳組織すら持たない絡繰り仕掛け、電気的な模造品でしかない量子モデル。

 この胸の中に生じたノイズを……"心"と呼んでいいのなら。


「───はい!」




――――――――――――――――――――――――――――――




 ……初めてシャチを殴り殺した時。

あざらしぼくたちが宇宙を獲る』と、天地万物に謳い上げた瞬間。


 それからずっと、ひたすらに積み上げてきた。

 肉体ちからを、技術わざを、精神たましいを、弛まず磨き上げてきた。

 並み居る強敵たち。鬼を討ち、豪傑を倒し、竜を、不死者を、帝王を、果ては神すらこのヒレで屠り去った。


 全身全霊を尽くして、ついぞ最強の頂を掴み取ったと───。


「GOOOMAAAAAAAAAAA!!」


 そう、思っていた。


「う……ッ、あああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 いくら殴っても壊れない。

 何度折っても立ち上がってくる。

 秒単位で力が増していく。


 ───あるいはそれは、主人公えいゆうたる資格。

 世界に勝利を約束された最涯いやはての極光にして、毀れず欠けぬ終わり無き刃。


「なぁ───リン!!」


 声を感じる。の声だ。5000兆匹の『あざらし』の声。

 それはリンヒレをぶつけ合うごとにひとつ、またひとつと失われていく。けれど誰も悲しんだり、後悔してはいなかった。


「笑えよ、ッ!」


「はっ───はあぁ!?」


「これで最後だ! 僕を……アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフを! 殺すんだろ!?」


 僕らは兵器だ。1匹でも多く、1秒でも長く、いずれは1つ残らず―――殺して壊して焼き尽くして死ぬために生まれてきた。

 だから、これでいい。これがいい。どんなに愛や平穏を知ろうとも、この戦場ここが『あざらしぼくたち』の居場所だ。


「また意味わかんないッ……!」


「立ちはだかるすべてを薙ぎ払って───最高の大団円ハッピーエンドを、掴み取ってみせろオォッ!!」


 己が五体に具わった性能、一生に培った殺戮の業を、存分に解き放つことを許されている。

 かつて負ってきた傷と痛み、そのすべてが報われている。


 あぁ。こんなにも、嬉しいことがあるだろうか―――――。




――――――――――――――――――――――――――――――




「GOOOMAAAAAAAAAAA!!」


 歓喜のままにヒレを振るう。紛うことなき狂乱のうちにありながらも、悠久の時の中で積み上げ続けた戦いの記憶が、その一挙手一投足すべてを最短最速最大効率の殺戮へと導く。

 忘れてはならない。神としての権能で拮抗しようと、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、そも単身で全宇宙最強の生命体である。


「まっ……だ! 私が……私の、世界を……!」


 戦闘服バトルスーツの装甲の大半を失いながら、なおも大剣『ゴマフカリバー』を構えるリン。

『10の遺産』に宿る神秘リソースのほぼすべてをぎ込んだリンにとっての最大武装は、極超巨星の墜落にも等しいゴマ=ゴマフのヒレと幾度となく打ち合っても、その輝きを損ねていない―――の消耗を慮外とすれば。


「GOOOOOOOOMAAAAAAAAAAAAAA!!」


 望外の喜びを全身で甘受しながら、しかし。

 戦いには、決着が必要だ。


「……はあっ……! はっ、はっ、は……は、ぁ……っ」


 彼と我、どちらが強いか。誰がすべてを手に入れるのか。

 勝者と敗者を、定めなくてはならない。


「はっ、はっ……は……。……は……は……」


「GOMA……」


 初めてではない。師、あるいは兄弟、あるいは憧れの英雄、あるいは誼を通じた友。破壊と滅亡の化身、屍山血河の荒野にただ一匹座す独裁者たるゴマ=ゴマフをして、と思う相手。

 だが―――如何なる理由があれど、彼の前に立ち塞がる限り、それは全霊を賭して排すべき『敵』である。


「GOOOOO……MAAAAAAAA―――」


「……は。……ふふ、は───」


 故に、ここで惰弱な慈悲など見せはしない。感傷に鈍って手を緩めるなど絶対に有り得ない。

 一度始めたからには終わらせねばならず、そしてゴマ=ゴマフに出来るのはすべてを焼き尽くすことだけ。


「は、は、は……あっはは!! はは! あぁ─────」


「―――GOMAAAAAAAAAAAAAAA!!」


「……はあぁああああぁぁぁぁぁっ!!」


 迫る剣の一撃を、裏ヒレの動作で打ち払う。

 次の瞬間、ゴマの姿がした。


 同一時間軸上に複数の可能性世界を展開する、文字通りの分身攻撃───究極の対個人奥義。

 星砕きのヒレが正面から命中したのと空間を引き裂く蹴り足しっぽが襲いかかり、次の瞬間には円刃チャクラム状に集束したカズムタイトのカッターが全方位から投げ放たれ、熱線の釣瓶打ちが少女を貫いた。

 ゴマはその勢いのまま両ヒレにエネルギーの刃を形成し、必殺の意志を込めて飛翔する。少女の細い頸を、光の刃が断ち割る─────。


「やらせ───ませんっ!!」


 寸前で。

 に燃え盛る、一羽の不死鳥に阻まれた。


「ピヨ……、セラ……!?」


「ク、フ、ハ……ハハッ、ハハハハハハハ!! そうか! それが、お前たちの意志か! ならば───」


「ぐうぅ……っ、―――リン様ぁっ!!」


 絶大な神気を纏ったヒレ刀の一閃。鈍色の火花を散らして、不死鳥の片翼がたちまち消し飛ぶ。

 そして、その傷口から溢れたもの───とは、触れた者へ無尽の生命力を与えるものだ。


「応えよう。オン・ゴマキャラヤ・ゴマカ───我こそは無限なる心火!!」


「───プロメテウス・ブレーザー、出力上限解放オーバードライブ!!」


 真紅の爆炎と群青の稲妻が螺旋を描いて絡み合い、虹色の火花と化して弾ける。

 大上段に構えられた剣の刀身に黄金の光が満ち、宝石めいた極彩色の輝きを放つ。




 永遠の如き、刹那の交錯。




 大技の撃ち合い、最大武装のぶつけ合い、という事態にはならなかった。

 弾速と貫通力に特化した集束カズムタイト砲撃―――その身に蓄えた無尽蔵の"正"プラスのエネルギーと、虚数の悪魔から受け継いだ"負"マイナスのエネルギーを同時にスパークさせ、射線上のあらゆる存在を時空間レベルで神の御業。熱光線の形をした

 ゴマ=ゴマフが過去に用いた既知の術技とは、段階が違った。故にそれは、防ぐことも避けることも抗うことすら許されぬ絶対の一撃として、リン・メイシアの五体を跡形もなく消滅させた。


 他方で、リンが放った黄金の剣閃、極彩色の光の奔流もまたゴマを捉え―――――。

 元より、これまでの戦いで散々に体力を削られていたゴマ=ゴマフに、少なからぬ傷を与えた。


「……さて」


 とはいえ、活動に支障は無い。

 死の気配は遥か遠く。あるいは、今のゴマ=ゴマフにとって、あらゆる生命に等しく訪れるそれさえも、存在の終着点たり得ない。


「少し―――疲れたな」


 あざらしはその場で身体を丸め、ゆっくりと目を閉じた。

 天弓の炎が蝶の翅めいて大きく広がり、星雲にも似た輝く"揺り籠"を作り出す。


「……大神の庇護を失い、約束されし繁栄は途絶えた。如何に宇宙が無限に広がるとて、そこに根付く可能性もまた、無限の競争と淘汰の果てにある」


 宇宙最後の個体が死に至り、ついに古代種族・ヤルダモは絶滅した。


「だが。それでも君が、君たちが、生きることを諦めないというのなら―――幾星霜の彼方で、また会おう」


 そうして、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは眠りについた。

 彼が夢を見ることはない。いつだって、本当に欲しいものは己がヒレに掴んできたのだから。




――――――――――――――――――――――――――――――




 部室の机の上で、黒髪の少女が目を覚ました。


 時刻は17時30分を回っており、窓から差し込む夕日の明かりも既に頼りない。

 長く机に突っ伏していたせいで凝り固まった肩をほぐしながら、涙に霞む目元を擦る。


「おはよう、リン」


 そして、聞き慣れた―――ひどく懐かしい声が、耳朶を打った。

 白銀の髪に真っ赤な瞳、少女と紛うほど端正な顔立ち。

 毎日のように見ているはずのその顔が、何故だか妙に遠いものに思えて―――。


「……ゴマ?」


「? なぁに、それ。まだ寝ぼけてる?」


「あ―――、……いや」


 口を衝いて出た言葉の意味を、自分でも理解できないまま。

 思い出すべきでいて、あまり思い出したくないような―――"なにか"を、心が覚えている気がした。


「変な夢でも見た?」


「ん……。そうかも。変な……長い夢だったと、思う」


 言って、リン・メイシアはくすりと笑った。

 それを見て一瞬きょとんとした後、ミライ・アルトはいつもの悪戯っぽい笑みを取り戻した。


「帰ろっか」


「うん」


 学生鞄スクールバッグを片手に、夕焼けに赤く照らされた廊下を歩む。

 玄関で靴を換え、校門を出て、取り留めのない話をしながら、午前中の雨で湿った通学路を踏みしめる。

 やがて、リンの自宅と学生寮に向かう方角への分かれ道に辿り着く頃には、もう空が暗くなり始めていた。


「ねぇ……ミライ?」


「んー?」


 太陽が地平線に沈む直前、薄明と宵闇が交じる魔法の時間マジックアワー

 散乱する光のヴェールは、たとえスペースコロニー内の人工気象システムが作り出す幻像の空であっても、母なる地球のそれと遜色ない輝きを放っている。


「───うぅん、なんでもない。また明日ね」


 あるいは、この広い広い宇宙そらの遥か向こうで。

 夢に見たあの子たちも、こうして誰かと笑い合えていればいいな、と─────リンは、心の底からそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あざらしものがたり りたーんず ごまぬん。 @Goma_Gomaph

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ